千本桜

□第一章
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人と人の争いにより、憎しみや哀しみに染まる、戦乱の時代。
どれほどの涙が流されたものだろうか……。

そんなこの世界にも、春は訪れていた。
地面は柔らかい若葉や目に覆われ、鳥は歌い、動物や虫は目を覚ます。
春の日差しは穏やかで、暖かい春風が、茂みや木々をざわざわ揺らしている。
とてものどかな風景だった。
そんな春の訪れた道を、日の丸印の二輪車を転がしながら、進んでいく少女がいた。

少女は、周りの自然も霞んで見えるほど、美しい。
陶器のように白く滑らかな肌と、人形のように整った顔立ち。深紫色の衣装に包んだほっそりした体系や、風をはらんで揺れる、ツインテールにした緑色の髪も、少女を引き立てている。
深紫色の手袋に包まれた手は小さく、長い睫毛に縁取られた、大きな黒い瞳も魅力的だった。

人間とは思えないほどの美少女。
少女は、長いツインテールを揺らし、春の景色の中、二輪車を急がせることなく、といって、遅くすることもなく、転がしていく。

その、どこまでも美しい顔に、表情はない。
……けれど、微かに、黒い瞳は哀しそうに揺れ、どこか寂しそうだった。
そんな彼女を、春の陽光や穏やかな風が、緩やかに包みこんでいる。

少女自身は、それがどれほど絵になるかを知らず、ほんの少し俯き、二輪車を転がしていく。
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