千本桜
□序曲
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この世界には、闇の感情がはびこっていて、哀しみが溢れている……。
それに気が付いたのは、いつだっただろう。
幼い頃の私は、単純で、無防備で、平凡な子供だった。
そして、平凡な子供だった私は、この桜を純粋な気持ちで、見上げていた。
華やかで、妖しくて、消えてしまいそうに儚い、千本桜。幼かった私は、咲き誇る桜を、ただ綺麗だと思った。
そして、歌を口ずさむ。
「……千本桜夜ニ紛レ、君ノ声モ聞コエナイヨ……。」
歌うのが楽しくて楽しくて、私はただ、歌っていた。その歌の意味も理解せずに、桜の周りをくるくる回って。
成長した私には、どうして、そんなに楽観的に歌えたのか、わからない。顔を上げると、桜の花吹雪が降ってきた。
あの時と同じ、千本桜…。
でも、もう変わってしまった。
見上げた空は、悲壮な色に染まっている。
…青藍の空は、遥か彼方に、消えてしまった。
私は、静かに歌い、千本桜の周りを、優雅に踊る。
これは、私の決意。
生き残ってみせる。そして、この世界を変える。
絶対に、負けたりしない!
あの人達の為に。自分の願いの為に。
強い意志を歌と踊りに込め、そっと瞳を伏せる。
私の歌声は、桜色の霞に、静かに消えていく。
闇の深い夜に紛れながらも、ひらりひらりと桜の花弁が揺れる。
それは、哀しく切ない、優しい風景……。