イノセンスR†短編

□幸せを噛みしめる
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北の国テノス周辺で獣狩り(という名の資金稼ぎ)を行っていたボクらはTPも底を尽き始めたので、街へと戻り宿を取った。部屋は二人部屋が四部屋と取れたので、ボクは彼と同じ部屋になった(どうやらアンジュさんが仕込んだらしい)。
ボクはルカくんから、「夕食の時間だからスパーダを呼んで来てくれる?」と言われた為、部屋へと戻って来ていた。
部屋の鍵は掛けられておらず、本人がまだ部屋の中に居る事を表していた。ボクはノックをし、入るよと一言声を掛けてからドアノブに手を掛けて回す。中へと入るとそこは先程までとはうって違い、冷え冷えとしていた。そんな部屋にスパーダくんは窓の縁に腰掛け、片足を地へと下ろしている格好で景色を見ている。
スパーダくんはまだボクの存在に気付かないのか、窓越しにまだ景色を見ていた。ボクは彼へと近付き、彼の肩に手を置く。

「スパ、」

名前を呼ぶ声が止まる。
スパーダくんの肩が小さく、しかししっかりと小刻みに震えていたのだ。
異常な彼に気付き、ボクはスパーダくんの肩を掴み無理矢理自身の方へと向けた。スパーダくんの綺麗な紫灰の瞳は色が淀んでおり、光がない。ボクを通して、ボクではない誰か≠見ている。

「スパーダくん! スパーダくん!」

彼の名前を何度も力強く言う。自分でも何故こんな事をしているのか、分からない。でも、このままではスパーダくんが此処から─ ─この場所から消えてしまう気がして、柄にも無くボクは呼ぶよりも叫ぶに等しい行為をしていた。


─ ─スパーダくんを失うのが、何よりも怖い。


それがどの感情で、何を表しているのかは解らない。でも、失ってはいけない気がした。失ったらこの感情を解ってしまう気がしたから。─ ─人は失って初めて自分の気持ちに気付く生き物だから。
スパーダくんは徐々に正気を取り戻して来たようで、目を大きく見開く。淀んでいた瞳も元の綺麗な色に戻って来た。

「……あ、れ……? コンウェイ……?」
「─ ─っ、スパーダくん!!」

ボクはスパーダくんを抱き締める。スパーダくんは酷く驚いたようだったが、ゆっくりとボクに手を回してくれた。


─ ─幸せを今、噛み締めているような気がした。





*     *     *





「─ ─ありがとな、コンウェイ」

夕食も無事食べ終わり、部屋のベッドに腰掛けながら本を読んでいるボクに彼は言った。本からスパーダくんへと視線を移すと彼は柔らかく微笑んだ。ボクはその言葉の意味が判らなかったので、ありのままの疑問を口にする。

「……ボクは別にキミに礼を言われるような事をした覚えはないよ」
「んな事ねぇって。コンウェイはオレを助けてくれたよ」

そう言ってまた彼は微笑んだ。その笑顔がまるで絵のようになって、閉じ込めたい気分に囚われる。心臓の鼓動が速くなって行く気がした。
スパーダくんはボクの隣りに腰掛けた。手を伸ばせば届く距離に彼がいて、心臓の音が煩い。

(……こんなの………オレじゃない………)

こんなの初めての事だ。
スパーダくんはボクの想いにも気付かずに笑っている。それが酷く悲しくて、しかしとても嬉しかった。

「……オレさ、小さい頃から兄貴達に虐待を受けていたんだ」
「……」
「他は全然駄目なのに、剣の腕だけは末のオレが一番でさ」

スパーダくんは天井を仰いだ。

「ある日突然─ ─犯された」
「っ、」
「オレ、まだ十にも満たなかったんだぜ? ……怖かった」

スパーダくんは寂しそうに微笑む。ボクはただそれを見る事しか出来なかった。

「そん時がさ、丁度雪が降っている時で寒かったから。だから多分、その時の事を思い出して、さっきみたいな事になってたんだと思う」

だから、ありがとな。
ボクはいつの間にかスパーダくんを抱き締めていた。もう、あんなに寂しそうに微笑む彼を見たくはなかった。
二度の抱き締めに対して、スパーダくんは慣れたようでボクの背中に腕をしっかりと回した。だからボクは強く抱き締める。
彼を離したくなかったから。
彼を失うのが怖かったから。

「……うぐっ……うぅ……」

小さな嗚咽がボクの肩から聞こえて来る。ボクはスパーダくんの背中を摩りながら思う。

(少しでも、その怖さが薄れるといい)

スパーダくんが泣き止むまでボクは彼の傍にずっといた。





【幸せを噛みしめる】





(……本当にありがとな)
(どういたしまして)
(今度何か奢るぜ!)
(楽しみにしているよ)
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