novel

□叶えるもの
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生来からお固いことが苦手な俺が、拝命式典なるも のにやっと解放されたのは、つい今しがた。やれや れと家路についた矢先に、震える携帯。軽い口調で の呼び出し。一拍、巫山戯んなとも思ったのだが、 親父を亡くして以来、後見人として、一応、何かと 世話をしてくれた恩人でもある。挨拶に行かないわ けにも行かなかった。というわけで、一度回れ右を してやって来たのは、母校正十字学園の最上部に位 置する理事長室。 つめたコートの衿を崩し、倶利伽羅の刀袋を担ぎ直 しながら、派手なピンクと白を基調とした道化師様 の姿をした悪魔、かつ己の後見人を見遣る。

「ほぉ、これはこれは。過去に類を見ない聖騎士の 誕生ですな。」

目の前の悪魔は組んだ指の上に顎を置き、何かを企 んでいるような、意地悪い笑みを浮かべた。意味含 んだその笑みはいつ見ても腹立たしい。

そう、今日より俺は階級が変わった。正十字騎士團・ ヴァチカン本部より賜った階級は、全祓魔師の頂点 に立つ、聖騎士(パラディン)。今日はその拝命式 典だった。 その帰りに、わざわざ呼び出しておいて、何を言い 出すかと思えば…。こんのクソピエロめ!まさか、そ んなことを言うために、呼び出したとか言うんじゃ ねえだろうな?

苛立ちを紛らわせようと、額髪を上にさらった。

「それは厭味か?メフィスト。」

目を細め、睨みつけるように相手を見れば、このピ エロはやれやれと言わんばかりに大袈裟に首を振っ た。しかし、人の悪い笑みが消えることもなく、い や寧ろ、益々面白がっているように見えた。 魔神の落胤。数多存在する魔神の子らの中で、唯 一、青い炎を受け継ぐ虚無界の正当なる後継者。そ れが虚無界に置ける俺の身分。常に付き纏う己の 柵。物質界で祓魔師の最高位・聖騎士を三賢者より 賜っても、きっとその名は延々と纏わり付いてく る。穢れた悪魔の仔め、と。

凝った意匠を施した椅子に座していたメフィスト が、ふいに立ち上がり、俺の前まで歩み寄った。

「そんな滅相もない。新時代の幕開けというつもり で言ったのですよ。悪魔の神、王位第一継承者でも ある君が、最強の祓魔師・聖騎士の称号を賜ったので すから。それが何を意味するか、萎びて埃塗れの古 株を一掃するには、効果絶大ということです。」

「……やっぱ、おもしろがってんじゃねーか。」

「ここは、細かいことは気にしないほうが得策で す。では、改めて…。この度は、聖騎士御拝命のこ と、真にお喜び申し上げる……奥村燐。」

飄々とした態度を取っていたメフィストが、表情を 引き締めたかと思うと、頭のシルクハットを胸に当 て恭しく頭を垂れた。 なんとまぁ、よく此処まで態度を変えられること だ。しかし、祝いの言葉を貰って悪い気など起こす はずもなく。

「あ、ああ。ありがとな。」

…が、慣れぬ恭しい祝(ことほ)ぎに恥ずかしさを 覚えながら、つと胸元に下がる金色の鍵に触れた。 そして、冴え渡る青い青い空を見上げる。俺の行動 の真意に気付いたのか、メフィストも空を見上げ た。

「獅郎もさぞかし、あの世で喜んでいるでしょう ね。生前より君達兄弟を一番に気にかけていた。そ の息子たちの一人が聖騎士となった訳だ。しかし、 弱冠26、7歳で祓魔師の頂点に立つとはね。史上 最年少での拝命ですよ。」

「あの時からの夢でもあったからな〜。俺だってが むしゃらに頑張ったんだよ。」

あの時からの夢。それがいつからだなんて言う必要 はないだろう。子供の頃から見ていた大きな背中。 いつもその背中が目標だった。無我夢中でそれに追 い付こうと懸命に藻掻いていた。

「がむしゃらにやったからと言って、おいそれなれ る階級ではありませんがね、聖騎士は。」

メフィストがわかりやすい溜息を盛大に零した。

「他に理由があるのでは?」

「…やっぱり、わかるか?」

「はい。」

「……護るものがあると、限界以上の力が湧くんだ よな。だから、頑張れる。」

「如何にも君らしい考えだ。仲間や世界を護りたい という…。」

「ま、それもあるけど…。」

祓魔師になったばかりの頃はそうだった。唯一の肉 親である双子の弟と、やっと得ることが出来た大切 な仲間、そして世界。護りたいものがあった。

けれど、今は、それらに加えて…。

思い浮かべるだけで、自然、笑みが零れる。

「それも、というのはその笑みから察するに、御細 君と御子息……と、言ったところですかな。」

「っ…ま、まあな。」

ニヤニヤと、メフィストが俺を見遣る。昔より言わ れていたが、俺って本当に分かりやすいんだろう な。

「御細君は、同級生の杜山しえみ中一級祓魔師でし たねぇ。おっと失礼、今は奥村しえみさんですな。 先月には御子息も生まれ、君自身も聖騎士に。奥村 君の所は慶事続きだ。そうだ、今度家に招待されよ う。君自慢の、美しい奥方と、息子の顔も見てみた いですしね☆」

「……ぜってぇー来んな。来たら、即刻祓ってや る。つか、用はこれで終わりだろ。という訳で、俺 はもう帰る。」

メフィストの、冗談とも本気(マジ)とも取れない 笑みに嫌悪感を露にしながら、ヤツの横を通り、金 色のドアノブに手を掛けた時…。

「藤本獅郎と同じ立場になってどうですか?」

またメフィストが質してきた。今度は、至極真面目 な声音で。 金色のドアノブに掛けた手がピクリとひきつく。

−−同じ立場、か…。

振り返らずに、メフィストの質問に答えた。

「……同じ、じゃねえよ。」

同じではない。俺はまだ、父さんの背中を見ている だけでしかない。まだ、本当の意味であの背中を越 えてはいない。

「ジジイの方が、まだデカイよ。」

祓魔師として、人間として。そして、父親として。 藤本獅郎は俺の中でそれだけ大きい存在だ。妻帯し て一児の父親、聖騎士になっても、ジジイにはまだ まだ遠く及ばない。 知らず、軽い吐息とともに笑みが零れた。

今度こそ、金色のドアノブを回して、後見人を背後 にドアを閉めた。

再び見上げた青い空は、どこまでも広かった。

Fin



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