novel

□心のまにまに
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 宿敵パズスを葬り去って、早一年の月日が流れた。あの祓魔後、最中が他の悪魔に目をつけられないか心配で、遠くから様子を見ていた。しかし、その心配も杞憂に終わるであろうことを悟り、いよいよ最中と本当の別離を決めた時、あっさりと正体が最中にバレた。


・・・・ーーやっぱり、夜だったのですね。


ビシリと固まった俺に、彼女はくすくすと小さく笑った。そしてそのまま、別れを決心したはずの心は、ずるずると彼女の許に赴き、気が付けば最中の生けた花を見ながら他愛の無い話をして、お茶を啜るという間柄になっていた。当初、俺がいればまた悪魔に狙われる危険性があるからと、最中から離れようとしたのだが、俺が守れば大丈夫なんじゃね?と、開き直ってしまった。「もう何処にも行かないで。」と、涙目で訴えられれば断われるはずもなくて。これがホレた弱みってヤツなんだろうか。終には、心の奥底にしまいこんで、見ぬふりをしていた想いを掬い上げてしまった。知らぬ存ぜぬのフリはもう出来ないでいた。
出会ったあの頃のように、蒲公英を渡すと、最中は、はにかむように、にこりと笑った。

 いつものように、任務の合間を縫って訪れた深山鶯邸にて、最中と話していた。ここの使用人に対しては俺は既に顔パス。難癖つけられるどころか、笑顔で迎えられる。


「夜、これを・・・。」

「ん?」


話の途中で、一度席を立った最中が持ってきたのは、掌サイズの小箱だった。小箱にかけられた深紅のリボンには、彼女らしく小さな一輪の花が一緒に結ばれていた。だが、生憎と名前は分からない。


「俺に、か?」

「夜のために初めて作ったの。その・・・、貴方に渡したくて。」

「俺のために?えっと・・・、開けていいか?」

「はい。」


俺のために作ったのだ、という最中を見ると白い頬がほんのりと色付いていた。彼女のそんな表情を見ると、俺まで小っ恥ずかしい思いになる。見るに情けない状態になっているだろう顔を見られたくなくて、俯きがちにリボンを解き蓋を開けると、四つに仕切られたそこにトリュフが一つずつ入ってあった。この意味は言われなくても分かる。


「この間の、蒲公英のお返しです。受け取ってもらえますか?」

「・・・・・。」


いやいや、受け取ってもらえるのかって、聞くまでもないでしょうよ最中さん。
どこか抜けた天然の彼女に、覚えずクスッと笑みが零れた。チョコを一つ口に含むと、チョコレート特有の濃厚な甘さとともに、何か、ふわりと強い芳醇な香りが抜けていった。


(ん・・・?)


「これ、ブランデーか?」

「ええ。」


うん、なかなかアルコール度数が強い・・・・、というかブランデー入れすぎじゃねえか、コレ。


「あの、美味しくなかった?」

「いや、そんなことねえよ。初めて作ったって言う割には美味いよ。」

「そう、良かった。」


最中がホッと胸を撫で下ろした。ちょっと苦笑気味に、曖昧に笑いながらもう一つチョコを食べた。やはり、ブランデーがキツイみたいだ。悪魔である俺はそんなに酔うこともない、寧ろ素面に加えられる。毎夜、晩酌だと師匠とその弟に付き合わされていて、ある意味俺には酒に対する免疫がある。だが今回だけは少し違った。頭がすこしぼんやりとして、妙な高揚感が胸内にせりあがってくる。言わずもがな、俺は酔ってしまったようだ。


「ごめん、最中。」

「え?」

「酔った。」

「酔ったって・・・、ふえっ?!」


ふらふらとする頭を最中の華奢な肩口に埋めると、ダイレクトに花と最中の香りが鼻先を掠めた。


「よ、夜っ。」

「ん〜?」

「お、お酒は駄目だったの?」

「いや、そんなことはねえよ。」

「でも、こんなに・・・。」

「あ〜〜。大丈夫だから、気にすんな。」

「そうですか?」

「・・・チョコ、ありがと。」

「はい。」


ふふ、と最中が笑う。肩口に埋めた顔を上げて、唇を最中の頬に寄せる。ビクリと彼女の身体が震えたが、構わずに彼女の腰を引き寄せた。


「よ、夜・・・あの・・・。」

「・・・最中が悪いんだからな。」

「え、えぇっ?!そうなのですか?」

「うん、そうなんですよ。最中さん。」


だから、責任とって?

酒で気持ちは大きく高揚し、箍が外れた心はもう抑えがきかない。悪魔の気性そのままに、欲望の向くままに最中に口付けた。こういう時に、悪魔の本性が出てくるのは自分でも狡いと思う。でも、そうなったのは最中のせいだ。うん、我ながら、見苦しい言い訳だ。


「どうしたら、許してくれるの?」


ほら、酔ってるんだって言って口づけたにも拘わらず、俺に素でそんなことを言うんだからな。まるで、許しを請うようにゆらゆらと潤む瞳と小さく開いた唇に、ゴクリと喉が鳴る。悪魔の本性と、師匠の許で身に付けた人間の理性が頭の中で、鬩ぎあっているようにも感じた。


「夜、何か言って・・・。お願い。」


嗚呼、もうダメだ。

最中に、最中から貰った俺だけの名前を呼ばれた途端、愈々何かが頭の中で大きく弾けた。
もう一度、彼女に口づけを落とす。抵抗されることもなく、寧ろ受け入れてくれた。最中の腕が俺の首に緩く絡められる。拍子に、着物の袖が落ちて白くほっそりとした腕が、視界に入り込んで来た。またしても、彼女の瞳が揺れる。


「そんな、目をするな。俺は悪魔だ。」


お前のような目を持つ娘は、悪魔にとっては至高の獲物。


「悪魔であっても、夜は夜です。」


だから、ずっと、私の傍に居て欲しい。

待て待て、酔って回転しないこの頭に、それは反則だろう。
理性を無くした心は、悪魔の本性を剥き出しにして、心のままに動く。
ゆっくりと、最中を横たえた。


「たまには、心のままに動くことも大事かな。」


押し殺していた気持ちは、いとも簡単に外へと飛び出し、最中に向かってゆく。



fin


バレンタイン&スランプ期のリハビリ目的でしたが、ものの見事に迷い子へと退行してしまいましたね(; ̄ー ̄A

兎にも角にも、『夜もな』で激甘を書きたかったのです。



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