novel

□時非香木実
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燐から渡されたのは、枯れることを知らない、一本 の橘の枝木だった。草木がその身を潜ませ始まる秋 空の下でも、橘の枝は瑞瑞しいまでの緑色の葉を繁 らせたまま。柑橘類独特のツンとした爽やかな薫香 が、秋風が吹くたびに辺りを漂う。 そして、緑色の中で一際映えるそれ。その枝に一周 して巻き付つけられた銀色のペンダント。ペンダン トトップは、小さなダイヤモンドが嵌まった指輪 だった。それは陽光を反射して、キラキラと美しい 輝きを放つ。まるで、白露に濡れる花びらのよう。 私にそれを渡して、ずっと黙っていた燐が、クスッ と笑った。

「ときじくのかくのこのみ。」

「え?」

「知ってるか?古語でいうところの、橘の別名だ。 」

「…う、ううん。初めて聞いた。」

何の前触れも無く、『ときじくのかくのこのみ』の 意味を問われて、一瞬返答に窮した。そのような言 葉、聞いたことがない。それよりも、学生時代勉強 が苦手だった燐が、古語を知っているという事に驚 きを覚えてしまった。燐には申し訳ないのだけれ ど、当時、居眠り常習犯だった彼を知る私にとって は意外な事態だったのだ。少しの戸惑いを覚えなが ら、燐の言わんとするその先を聞く。

『ときじくのかくのこのみ』と『指輪』の繋がり を。

燐は尚も穏やかに微笑みながら、その先を続けた。

「橘は、季節問わずに香を放つ。そこから、永久 に、とか永遠という意味が込められているんだよ。 」

「永遠…。」

私はそこで、ハッとした。永遠の名を冠する橘と、 それを取り巻くように巻かれたペンダントトップの 指輪。覚えず、視界がゆらゆらとゆれて、涙が溢れ た。私よりも背の高い燐を見上げると、先程とは一 変して真剣な表情を浮かべていた。

「ずっと、傍に居てほしい。しえみに……。」

「…ッ!!燐っ!!」

堪らず、燐に抱き着いた。抱き着いたままイエスの 意味を込めて、何度も頷いた。ホッと胸を撫で下ろ すような燐の吐息が聞こえたと思うと、力強くてあ たたかい腕に抱きしめられる。いつも、燐に抱きしめられているけれど、今日の抱擁はひどく特別なよ うに思えて仕方がなかった。この腕の中に永遠に居 られるのだと思うと、喜びに胸が熱くなる。 燐に婚約指輪を左手の薬指に嵌めて貰って、橘の枝 を胸に抱きながら彼の肩に体重を預けた。

「ときじくの、かくのこのみ…。」

「ん?」

「なんだか、ちょっと意外だったなぁ。燐がそんな 言葉を知っていたなんて…。」

「それは、どーいう意味かな。しえみさん。」

へらぁと笑うと、燐は唇を尖らせて私の頬をついつ いと突いた。頬を突かれる擽ったさに肩を竦める と、腰をさらわれて肩を抱き寄せられた。何時から か、ちょっとじゃれた後にこんな風に肩を寄せ合う ことが多くなった。学生の時から今までに至るま で、付き合い方が変わった。学生だった頃は手を繋 ぐことさえドキドキしていた。そのうちキスして じゃれあって、時々喧嘩して擦れ違って、仲直りし て。情熱が迸しるままに走り抜けていた。今は、肩 を寄せ合って、他愛のない話をしながら、時々キス をして二人でゆったりとした時間を過ごすことが多 くなっている。情熱だけに左右されない、お互いを 想い合うような行動をとるようになってきていた。 確実に私達は変化を遂げている。

「ときじくの、かくのこのみ。」

それでも。

「ずっと、一緒にいようね。ずっと、ずっと……。 」

「ずぅーっとな!!」

燐を想う心は、永遠です。

Fin

尻切れ蜻蛉……(´Д`)

燐に「時非香木実」を言わせたかっただけなんです ← 燐も祓魔師になって、勉強しているはずです(笑)



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