novel

□相模〜燃ゆ火中に〜
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さねさし 相武の小野に燃ゆる火の 火中に立ちて 問いし君はも
   <古事記・(中)・弟橘比売命>



青藍と紅蓮が、互いの力を拮抗させて鬩ぎ合う。相殺された力は熱風へと姿を変えて、儘灰に帰した残骸と火の粉を舞い上がらせ頭上に降り注ぐ。轟という火炎の破裂音と揺らめく紅蓮の向こうに、先程まで共に悪魔祓いをしていたはずの祓魔師たちが、それぞれの武器をこちらに向けて対峙する姿が見えた。 その顔つきは嫌悪と憎悪に塗れ、醜悪そのものだった。憎き魔神の落胤、虚無界の第一王位継承者。ならば忌むべき存在のはず。それが、今を時めく上級祓魔師だと?巫山戯るな。そんな思いが彼等の表情に隠しもせずに露になっている。憤怒、妬み嫉み。その心や、はて、どちらが魔物であろうか。
ガソリンが撒かれ、そこに銃弾が撃ち込まれる。一つの火花が地面にたっぷりと染み込んだガソリンに引火して、瞬く間に辺り一面は炎に包まれた。


「やめろっ!何を考えてる!てめぇら、しえみを殺す気かっ?!」


燐が右手に倶利伽羅を持ち、左腕でしえみを抱き寄せながら、相手に叫ぶ。だけど、祓魔師たちは顔色ひとつ変えずに、冷ややかな視線を彼等に投げ掛けてくる。


「しえみ、大丈夫か?俺にしっかり掴まってろ、いいな?絶対に離すなよ。」

「う、いやあ、あぁぁっ!!!!。」

「しっかりしろっ!!必ずお前を守るから、だから、絶対に諦めるなっ!!!」


恐怖と絶望に蝕まれ死を意識したしえみを、燐は叱責して掻き抱く。そら恐ろしくて恐ろしくて、彼女は燐の胸にすがりついた。何故、いつも燐とバディを組んでいる雪男や勝呂が外され、燐が単独で派遣されたのか。それが今、分かった。祓魔師たちは、どさくさ紛れに日頃から疎ましく思っていた燐を始末するつもりだったのだろう。ヴァチカン本部内に手引きした者もいるはずだ。不穏な動きに気付いたしえみは、燐の許に飛び込み庇って巻き込まれた。ガソリンに引火した紅蓮に燃える炎は闇夜の中でも嚇嚇と明るく黒煙が舞い上がる。酸素が希薄化し一酸化炭素と二酸化炭素が増え、しえみが大きく咳き込み、膝からくずおれた。


「り、ん・・・・。」

「しえみ!!」


もう時間がない。
しえみが、危ない。
燐は左腕で、しっかとしえみを抱く。右手に握る倶利伽羅を強く握り締めると、上から一息に振り抜いた。倶利伽羅から放たれた青い炎は、意志を持ったかのように燐としえみを中心に円を描く。紅蓮の炎と青い炎は互いに拮抗しあい鬩ぎ合って、酸素と燃料となる有機物を消費してゆく。燃えるものを無くした炎は段々と小さくなっていった。一か八か、燐は向かえ火による消火を試みたのだが、成功したらしい。しえみは意識が薄れゆく中 、ゆらゆらと揺らめく青い炎を見て、薄く笑みを浮かべた。



******


ああ、そんな優しいこともあったとしえみは小さく笑った。けれども、深くフードを被っているため周囲のものにその顔(かんばせ)を見ることは叶わない。僅かに金色の髪がさらりとフードの端から零れ落ちた。神は、悪魔の子と契りを交わした乙女に容赦無かった。いや、神の名を語る只人たちが、だ。


(燐、あの時守ってくれて嬉しかったよ。)


たった一度の契りを交わした夫は、きっと、強化された警備の中強行突破してこちらに向かっているだろう。後方で怒号が聞こえる。しえみは胸元をそっと押さえた。中には、夫から送られた華美でない宝飾が施された柘植の櫛が入っている。櫛には魂が宿る。きっと、自分が居なくなった後、これが彼を守るだろう。
しえみはグッと空を仰ぐと、中空に身を委ねた。

燐の叫び声がしえみの背中に迫る。

寄せては返す鴇色の波に、彼は彼女の櫛を見つけた。それは、歯がひとつも欠けることなく、彼女の髪を飾っていてた時と同じように、耀いていた。



fin

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