novel

□ましろ〜whiteout〜
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真白な世界。澱みも穢れもない、ましろけき国。
この世界は、この人の心そのもの
だ。穢れなく清浄で澄み切った白い空間。彼から見たら、地上の果て、彼方の先にある桃源郷。見上げれば、彼の人が持つ色彩と同じ青藍色。

しえみには直ぐにわかった。この国は燐の心の国なのだと。

彼の世界は美しくも脆い、硝子の宝石箱だった。沢山のものを詰め込め過ぎて罅が入っているそれ。その間隙から、虹色の水がポタポタと溢れ出ている。これはまさしく燐の心の状態だった。燐の心は美しく、白い。白は何色にも染まる。誰でも受け入れる。己を二の次にして、他者を優先する。その結果、許容量を越えた硝子の宝石箱には罅が入り、虹色の水が溢れた。この虹色の水は燐の感情だ。怒り、泣き、笑い、哀しむ。燐の感情は虹色にも匹敵するほどに豊かだ。それが今、溢れ出している。

なぜ?


『燐・・・・。』


しえみは、己の腕の中で安らかな寝息をたてる燐をやんわりと抱き締め
た。 その寝顔は、ひどくあどけなく、いとけない。天衣無縫、純粋無垢な幼子のようである。

燐の心は、酷く傷付いてしまった。現世は酷い。惨たらしく、卑怯で残酷だ。燐にとって現世は。それでも、優しい燐はこの世界が好きだと、にこやかに笑った。笑って、受容して、傷付いて、耐えて傷付いて耐えて耐えて耐えて・・・・・・。
果たして、燐の心は傷だらけだった。傷付いていることにさえ気が付かないほどに。硝子の宝石類は、ビシビシと悲鳴を上げながらも尚、耐えていた。

白の装いを纏う燐の頭を優しく胸に抱く。青みがかった髪を梳ってやれば、燐はうっすらと瑠璃色の双眸を開いた。


『しえ、み・・・・・?』

『うん。燐、いいんだよ。まだ、眠っていて。』

『いい、の、か?』

『いいの。ここは夢の楽園、華胥の国。燐の場所なんだから、ゆったりとしていていいの。』


しえみは燐の額にそっと口づけた。それに安堵の表情の浮かべた彼は、しえみの白く豊かな胸元に顔を埋めた。まるで、乳をねだり甘える赤子の如く。
燐の耳に、しえみの鼓動が一定の調子で届く。


『なんか、安心する。』

『うん。』


『しえみのお、と・・・・、きいて・・。』


再び、燐が静かに寝息を立てる。
懐疑と猜疑心を知らない真っ白な子ども。世界を知ってしまったその時は、ここは何色に染まってしまうのだろうか。

燐の国は美しい。建国者たるかの人の心根を具現化した世界。
どこまでも白く、清く、美しい。

さあ、今は、安らかにおやすみなさい。
傷付いてしまったあなたを癒す、華胥の国。見果てぬ夢。鏡の中の桃源郷。


穢れなき、ましろの世界。




fin

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