中編

□月の涙
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きっかけは本当に馬鹿らしいことだった。
霊王の子という大層な身分に生まれ、何不自由なく育った。
否、不自由は…あった。
不自由というか、不満だろう。
父は霊王という魂魄の頂点に立つ存在。
三人の兄は皆それぞれに優秀だった。
別に…優秀な兄に対する劣等感とか、そんなありがちな不満ではない。
己の力を過信する気はないが、兄達にそれほど劣っているとも思っていない。
父や兄は…早い話が馬鹿だった。
現世の言葉で親馬鹿だとか、ブラコンだとか呼ばれる存在に相当する。
なにかと己を構いたがり、心配性で、正直鬱陶しいくらいだ。
そんな奴らから少し距離を置きたくて、その役目を自ら買って出た。
尸魂界への使い…
監視を目的とした護廷への潜入。
この場所から離れられればそれでいい…
はじめは…それだけだったんだ…



尸魂界はつまらないところだった。
己の異色な髪や瞳。そして何より、幼さ…
外見ばかり見ては陰でグチグチ言うことしかできない奴ら…
そんな中で、初めて本当の意味で己を見てくれたのが…あの男だった。
「君が噂の天才君だね。なるほど、想像していたよりもずっと綺麗な髪や瞳だ」
その男は己の姿を綺麗だと言った。
なかなか消えない悪口から、いつもさりげなく庇ってくれた。
力を認め、対等に接してくれた。
五番隊隊長、藍染惣右介…
それが男の名だった。
藍染を通していろいろな奴と出会った。
奴らは皆藍染と同じように、当たり前のように受け入れてくれた。
暖かかった。自然と…笑っていた。
いつしか陰口を叩いていた奴らまでもが、己を慕うようになった。
ここに…居場所があった。
己の立場とか、使命とか…どうでもよかった。
霊王の御子…霊界の使者、冬月じゃない…
護廷十三隊十番隊隊長、日番谷冬獅郎でいたかった。
守りたかった。
この場所に…執着していた。
けれどそれももう…終わりだ…
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