捧げ物

□とある家族の穏やかな一日
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松本が去り、残された四人は皆頬を綻ばせながら幼子を取り囲んでいた。
だが、囲まれている幼子…冬獅郎は、どこか浮かない顔。
その瞳に戸惑いの色を浮かべていた。
そしてその戸惑いの視線は、主に砕蜂と白哉へと向けられていた。
「どうしたんだろうねぇ冬獅郎君。確かこの頃は砕蜂隊長や朽木隊長がいると僕や浮竹には見向きもせずべったりだったのに」
今の冬獅郎はべったりどころか二人に怯えているようにも見える。
その分冬獅郎にくっついてもらえる京楽や浮竹には嬉しさもあったが、やはり違和感は拭えなかった。
「…もしや…」
そんな中、静かに口を開いたのは白哉だった。
その瞳はじっと冬獅郎を見つめている。
「冬獅郎は我らのことがわからぬのではないだろうか…」
「え?」
「冬獅郎の記憶はあの頃に戻っている。だが、我等はあくまでも今の姿だ」
あれから既に何十年も経っている。
京楽や浮竹はともかく、白哉と砕蜂は多少なりとも成長している。
冬獅郎の記憶の中の姿と一致せず、戸惑っているのだろう。
「…確かに、二人ともあのころに比べて随分立派になったもんなぁ…」
今の冬獅郎にとっては突然の変化。
戸惑うのも無理はないだろう。
だが白哉や砕蜂にとってはやはりこの状況は面白くない。
「冬獅郎…私だ、白哉だ。わからぬか?」
そっと伸ばされた腕を冬獅郎は不安げに見つめる。
「…びゃくや?」
それから、恐る恐る近づいてきた小さな体を、白哉はひょいと抱き上げた。
はじめこそきょとんとしていたものの、幼子の表情は次第に嬉しそうな明るいものになっていく。
そして胸元に顔をうずめるように、ぽすんと寄りかかった。
「姿は多少変わっても、腕の温もりは変わらない…そんなところかな?」
「みたいだな」
「と、冬獅郎…私のことも…わかるか?」
砕蜂はやや緊張した面持ちで白哉の腕から冬獅郎を譲り受ける。
すると、冬獅郎はやはり、嬉しそうに微笑んだ。
「…可愛いな」
「うん。可愛いねぇ」
…もちろん、成長した彼に不満があるわけじゃない。
まだまだ幼くはあるが立派に成長した彼を保護者代わりとしても、仲間としても誇りに思っている。
本人に言えば怒るだろうが、可愛いとも思っている。
だが…素直に甘えてくれたこの頃の可愛さは格別だ。
この場にいる誰もが隊長としての威厳など感じられない、ただの親馬鹿と化していたのだった。




小さくなった愛し子を構い始めて数時間。
冬獅郎がそわそわと落ち着きがなくなってきたのは夕方近くのことだった。
「…」
しきりに部屋の入口へと向けられる視線。
笑ってはいるものの、時折寂しげな表情を見せる。
そして…その小さな呟きで、四人はすべてを理解した。
「…きすけ…きょうもおしごと?」
そう…自分たちはあくまでも保護者代わりなのだ…
冬獅郎にとって本当の保護者は…父親は…浦原喜助その人。
朽木家に預けられた時も、四楓院家に預けられた時も…
いつだって浦原の迎えを心待ちにしていた。
四人に懐いていることに嘘はない。
けれどやはり、一番はあの男なのだ。
「…冬獅郎。浦原は今ここにはいないんだ」
「いない…の?」
瞳に浮かぶ激しい落胆の色。
泣きそうに歪められたその瞳に、四人の胸は締め付けられた。
大好きな人が傍にいない。その悲しみ。苦しみ。
かつて…一人残されたこの子はどれほどの想いを味わったのだろう…
「…よし!」
勢いよく立ちあがったのは浮竹。
それに続くように三人も立ち上がる。
落ち込んだ様子だった冬獅郎は、そんな三人に不思議そうに首をかしげた。
「冬獅郎!浦原に会いに行こう!」
「どうせ今日は仕事サボりの予定だったんだし、どこに居ても同じだよね」
「冬獅郎の為ならば総隊長のお叱りも甘んじて受けよう」
「行くか…現世へ」
こうして、瀞霊廷から五人の隊長が姿を消した。
その間の仕事が滞り、軽い騒ぎになったのは言うまでもないだろう。
代理として仕事に追われることとなった副隊長が半泣きだったこともまた、然り…
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