捧げ物

□とある家族の穏やかな一日
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それはある日の尸魂界でのこと。
女性の悲鳴にも似た奇声が瀞霊廷中に響き渡る。
悲痛な叫びというより、歓喜の叫びといった風のそれの中心は…十番隊。
声の主である十番隊副隊長、松本乱菊は目の前の光景に驚きと喜びを隠せずにいた。
そこにいるのは一人の幼子。年の頃なら二つか三つほどだろう。
ふわふわの銀色の髪。
大きな瞳は宝石のような美しい翡翠。
小さな手…柔らかそうな頬…
きょとんと首をかしげるその姿は…
「もう犯罪級よ!!!」
「…う?」
銀の髪と翡翠の瞳を持つ者などこの瀞霊廷には己の敬愛する隊首一人しかいない。
そして、なにより目の前の幼子は隊首の面影をありありと残している。
…間違いない。
犯罪級とまで豪語できるほどに愛らしいこの幼子は…
十番隊隊長、日番谷冬獅郎その人だ。
「たいちょ〜可愛過ぎですよ!!…でも、いったいどうしたんですか?」
「たい…ちょ?」
「あ…中身もってわけですか…それはそれですごく可愛いですけど…」
どうした…などと聞いてはみたが、原因などわかりきっている。
こんなことができるのは彼等しかいない。
「日番谷隊長に投与したのは子供化する薬です。効果は本日一日です」
「ネム!?あんたいつからそこに…っていうかやっぱり十二番隊の仕業なのね」
予想通りの展開に小さくため息を吐きつつも、次の瞬間にはこの状況を楽しむことを考える。
効果は今日一日…ならば、楽しまなければ損というものだ。
「えっと…ボク、お名前は言えるかしら?」
普段の日番谷にこんな対応をすれば怒鳴られること間違いない。
だが、今の日番谷は正真正銘のお子様だ。
「うらはらとうしろう」
「浦…原?」
(ああ、そうか…)
日番谷はかつて、十二番隊隊長であった浦原喜助に育てられた過去を持つのだった。
養父と、それを取り巻く人々と…穏やかで、優しい時間を過ごしていたのだった…
「…お姉さんは松本乱菊。冬獅郎君、私と遊びに行きましょうか」
「しらないひとについていったらだめってきすけが…」
「大丈夫よ。一緒に知ってる人に、会いに行きましょう」
ひょいと幼子を抱き上げる。
向かう先はこの子にとって家族と呼べる存在の元…
執務室を出る足取りは軽い。
「…どうぞ、お楽しみください」
一人その場に残ったネムは、静かにその背中を見送った。



十三番隊隊舎、雨乾堂

「…こりゃまた懐かしい姿だねぇ」
「冬獅郎!?どうして縮んでるんだ!?」
雨乾堂にいたのは二人の隊長。
八番隊隊長京楽春水と十三番隊隊長浮竹十四郎だ。
二人は松本が腕に抱えた幼子の姿に驚きをあらわにしている。
「実は十二番隊の薬の実験体にされてしまったみたいで…」
「うきたけ!きょーらく!」
言い終わるより早く、腕の中の幼子が嬉しそうに声を上げる。
急かされるように二人の傍まで行くと、幼子は抱っこをせがむように小さな手を伸ばした。
「…おいで、冬獅郎」
浮竹の腕に幼子を託し、一歩後ろに下がる。
水入らずの邪魔をしては悪い。
「ははっ、本当にあの頃の冬獅郎だ。小さくて、キラキラしたまん丸の目で…」
「おいおい浮竹、それは今の冬獅郎君だって変ってないよ」
「そうだったな。冬獅郎は昔も今も真っ直ぐないい子だ」
京楽も浮竹も本当にうれしそうに笑いあっている。
それほどまでに、あの人は愛されているのだと…改めて確認させられた気がした。
「それで、どのくらいこの姿でいられるんだい?」
「ネムの話だと今日一日だそうです」
「なら、今日は仕事はなしだな」
浮竹はまた嬉しそうに微笑み、腕の中の幼子とじゃれ始める。
「そうだ、砕蜂と白哉も呼んでやらないとな!」
こうと決めた浮竹の行動は早い。
幼子を抱えたままあっという間に地獄蝶の準備を整え、二人のもとへと飛ばす。
そして、連絡を受けた二人の行動も…早かった。
「「冬獅郎!!」」
地獄蝶が飛んでから五分としないうちに、二人は雨乾堂へと姿を見せた。
「どういうことだ浮竹!!冬獅郎が縮んだなどと…」
余程急いできたのだろう。護廷で一、二を争うほどの瞬歩の使い手である二人が肩で息をしてる。
そして浮竹が抱える幼子を目に写すと、やはりその瞳に驚きの色を浮かべた。
「…」
錚々たる顔ぶれが揃い、松本は居心地の悪さを覚える。
いくら己が日番谷の副官であろうとも、今の幼い彼にとって…彼ら家族にとっては部外者でしかない。
ここは彼らに任せたほうがいいだろう。
そう思い至り、松本は彼らに日番谷を託し、雨乾堂を後にしたのだった。
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