脱色
□だけど君が好きだよ
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「市丸隊長っ、何で教えて下さらなかったんですかっ!!?」
「……何を?」
凄い剣幕のイヅルが執務室の机をばん、と叩いた。
イヅルがこんなに感情を出すのは珍しくて良いことだと思うけど、はて、教えなかった事とは。
…有りすぎて困る。
「何をじゃないです!今日は何の日ですか!!」
「わかったー!イヅルが怒りっぽい日やろ」
「違いますよ!」
ぷんぷんと効果音をつけたくなるような怒り方だなあ、なんて考えていると不機嫌そうに眉を寄せて(まあいつも寄っているけど)そっぽを向いてしまった。
「何そんな怒っとるん?」
「怒ってないです…隊長が、教えて下さらなかったことにショックを受けてるんです」
「だから何をや?」
「…誕生日」
小さな声は確かにたんじょーびと音を紡いだ。…ああ。
「今日、ボク誕生日か」
忘れていた。
ここ何十年か、もしかしたら何百年、自分の誕生日のことなんて考えなかった。
興味もないし、それよりももっと大事な事ばかりだから。
イヅルが拗ねたように俯く。
伏し目がちな感じってなんかエロいなあ、なんて。
「よう知ってたね。ボクかて忘れてたのに」
「…乱菊さんが教えてくれたんですよ」
乱菊もよく覚えてるなあ。
自分の誕生日はちゃあんと理解したんやろうか。
後で何か出来たら良いかもしれない。
…あら、もしかしてイヅルは乱菊に嫉妬なんてしてたんかな、なんて言ったら怒られるやろか。
それも良いかもしれないけど、折角の誕生日、意地悪は止めておこう。
「早く教えてくれないから、去年もその前もずっとその前も知らずに過ごしちゃったじゃないですか…」
「エエよ、ボクもイヅルの誕生日知らんし」
「良くないですよ!」
さて、ぷんぷんぷんぷん怒ってるイヅルをどうやって宥めようか。じゃあ、小さな嘘をひとつ。
「せやけど、これから何十年てイヅルが一緒に祝ってくれたらエエと違う?」
「…絶対ですよ」
「うん、絶対な」
にこり、やっと笑った。
綺麗に整えられた金髪を撫でてやって、その額にキス。
「隊長、」
「んー?」
「…誕生日、おめでとうございます」
「…うん」
「来年も再来年もずっと、隊長の側で頑張らせて下さい。」
「…当たり前やろ」
嘘ばかりでごめんな。
またひとつ君との溝が深まる。
どうせなら、
ボクが吐く嘘に溺れて死んで。
そして今度はボクを恨んで。
そしたらそれは、ボクへの最高のプレゼントや。
だけど君が好きだよ
君と過ごす、最後の誕生日。
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