脱色

□何時だって貴方が全てだった
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多分、一言でいうと、誰より器用なようでいて実は誰より不器用な人だった。




「松本?」
「えっ…あ、隊長…」
「うなされてたぞお前」


自分より幾分か小さな体をした隊長が、眉間に皺を寄せ心配そうに覗きこんでいる。
…そういえば、寝ていたんだっけ。


ゆっくり体を起こして机を見ると、山程積み重なっていた書類が綺麗になくなっていた。



「隊長、これ…」
「ああ、気にするな。仕事でもしてねぇとやってらんねぇだけだ」


ぽつり、俯いた隊長の口調はいつもより少しだけ低かった。


表面的には、無事藍染の件も片がついた。
ただそれは、あくまでも表面的にしか過ぎない。
この戦いは、なくしたものが多すぎたのだと思う。



「…あんまり、無理しないで下さいよ」
「お互い様だろ。お前、少し休んだ方がいいんじゃないのか」
「どうしてですー?」
「どうしてって…」


「市丸は、死んだ、ろ?」



ゆっくりと、でも確かに重くのし掛かってきた言葉。
ギンは、もう存在しないのだという事実。

なにか言おうとして、口を開くも言葉は浮かばず。
口を結び直した。




「…幼馴染みだ、と言ってたっけな。アイツは最期まで俺達の敵だったが」
「…」



隊長は知らないんだ。
ギンの最期を。
だって、
私は確かに見たのだから。


痛みに歪んだ顔に、薄く開いた空色の瞳、私を見たときに優しく安心したように見せた笑みも。


ギンは最期まで私の味方だった。


「俺はアイツは気にくわねぇ」
「…そう、ですか」



隊長がギンの心を知ったらどう思うんだろう。


ねぇ、ギン。
アンタ、いつも本心隠して過ごしてたから、駄目だったのよ。
何があっても器用に笑って流すから、気付いてもらえない。


たまに見せたあの笑顔が、消えてしまいそうな程儚かったこと、アンタは知らないでしょう?



「すみません隊長〜。お言葉に甘えて少し休ませてもらいます」
「元気なら働けよ」


背後で聞こえた隊長の声はいつも通りに戻っていたから、
今更ギンの話をもってこようとは思わないけど。


アンタの優しさも愛しさも、
何一つ理解してもらえないって言うのはなんだか情けない気がする。



ねぇギン、
私だってずっと不安だった。

何も言わずに置いていかれて、でもアンタはいつだって優しいから。
どんなことをされても嫌いにはなりきれなかった。


器用に見えて凄く不器用で、
それでも優しくて。


そんなアンタが、
私は好きだったのよ。




ねぇギン、
私は







幸せに、




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