□死に至る病
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「………………」
「ちょっと、きみ、また量増えたんじゃあないか?」

洗面所の前に吐き出された色とりどりの花。辺りに立ち込める匂いにくらくらと目眩が起きそうだ。吐き出した本人はと言えば特に気にした風でもなく、やれやれだぜとお決まりの台詞を呟いてまた一つ花を吐き出した。面倒なことは全部それで片付けようとするのは彼の悪い癖だ。敵に追い詰められていてもやれやれ。ジョースターさんの飛行機が墜落したってやれやれ。女の子に迫られたときもやれやれ。癖というより最早病気だ。ヤレヤレ病だ。でもさすがに男に迫られたときにやれやれで済ませようとしたのはどうかと思う。というか男に迫られる経験がそもそもどうなんだ。君が強いことなんて今更言うまでもなくみんな知ってるけど、迫られるような天然さは僕の前でだけ出していてほしいな。そんな天然ふわふわ電波ちゃんな君だって勿論可愛いけれど。とりあえずその口癖は早急に直した方がいいんじゃあないかな。

嘔吐中枢花被性疾患。
噛み砕いて言えば、承太郎は花吐き病なんてやつにかかっていた。

※※※

「げ、承太郎さんまだ治ってなかったんすか」
「君からも早く病院にいくよう言ってくれ仗助」
「……やれやれだ」

驚いたような呆れたような仗助の言葉にも勿論ヤレヤレ病患者の承太郎はやれやれと答えた。吉良の一件も終わって一段落したところで、海の神秘に夢中になってしまった承太郎は今書いてる論文が終わるまでは日本に残るらしい。海の神秘と言えば聞こえはいいけれど、今彼が夢中になっているのはヒトデだ。あの五角形のやつ。いや、五角形だけとか限定してしまうと、どこかのヤレヤレ病を患った海洋冒険家に懇切丁寧に否定されてしまうから限定するのはやめよう。あれだ、肛門と口しかないやつ。まて、これももしかしたら否定されるかもしれない。やめよう、とりあえずあれである。僕にはあれの魅力はよく分からないけど、ヒトデに夢中になれる承太郎の魅力なら分かる。日本に残るなら尚更、腕のいい医者をやとって薬だのなんだのもらえばいいのだ。ついでにヤレヤレ病も治してもらえばいい。

何故か常に金欠と闘っている仗助に昼食をご馳走しながら、承太郎はまた一つ咳をして、花弁を口から吐き出した。
白く、可愛らしいそれはきっとチューリップだった。

「承太郎さん、花吐き病のことちゃんと分かってます?」
「分かってないからこうなってるんだよ…」
「……当たり前だ」
「君ねえ」
「絶対分かってないっすよね…分かってるんだったら、ちゃっちゃと治しちゃったほうがイイっすよほんとに。俺のスタンドじゃあそいつは治せないし」
「…………」
「承太郎さんだったらどんな奴だって落ちると思うんだけどな〜〜」
「仗助の言う通りだよ」
「鬱陶しいぜ」

こうしてみんなで心配しているというのに、当の本人は聞いてるんだかいないんだか…。大方、ホテルに残してきた愛する星型動物亜門の論文についてでも考えているのだろう。行き詰まったから息抜きに来ているのに、全く意味がない。承太郎は何もしなくても相手から寄ってくるからアプローチの仕方が分からないんだ。押しすぎると嫌われるってことを覚えた方がいい。押してダメなら引かなくちゃあダメだ。いやそもそもヒトデに対するアプローチなんか僕も知らないけど。というかヒトデごときが承太郎の猛アタックに答えないなんて死に値する。承太郎から猛アタックされるなんて全人類に相当恨まれるぞ、星型動物亜門のくせに。あの承太郎にアピールされてるなんて調子乗るのもいい加減にしろよ星型動物亜門。

そうして僕が星型動物亜門に怒りを覚えている間にも、承太郎はコホコホと咳をもらし、オレンジの花弁を吐き出した。確かあれは、キンセンカだったろうか。彼は自分の吐き出したものに興味などないのだろうけど。

「そろそろ帰るぜ。これで払っといてくれ」
「じゃあね仗助」
「体大事にして下さいよ!」

明らかに一人分ではない金額をテーブルの上に置いて承太郎は席を立った。うーん、仗助も不動産王の息子だったはずなんだけど。この差はどこから来るのやら。というか承太郎も承太郎で羽振りが良すぎるくらい良すぎる。ジョースター家の金銭感覚は凡人には理解が追いつかない。僕もこんな馬鹿でかい権力が欲しかった。

真っ白いコートを着て颯爽と商店街を歩く。
ただでさえ背が高くていかつくてかと思えばすごく男前でイケゴリって感じの承太郎はとても目立つ。というかすれ違う人みんな振り返る。男も女も老人も子供も、まさに老若男女を虜にするイケゴリ国宝って感じである。28にもなってオールホワイトコーデがはまってしまうのはいかがなものか。さすが国宝。さすがイケゴリ。そんないい意味で目立つ彼が3度も来店しようものなら、商店街の端の八百屋が満員電車のように混み合ってしまうのも致し方ない事実なのである。

「あらあら、また買いに来てくれて嬉しいわぁ」
「いつもありがとうございます」
「ン……」
「この前のと同じでいいのかしら?」

満員電車のように混み合っている八百屋の店員は、前回来た時よりも更に混みあった店内に笑いながら対応してくれた。こういうあたたかい店員を見るとこっちの心まであたたかくなる。まあ、承太郎にいい顔したいっていうのもほんの少しはあるのかもしれないけど、そんなことはどうだっていいのだ。承太郎にいい顔をしたいなんていうのは全人類が思うことだから仕方ない。僕だってかっこいいと思われたい。僕よりも承太郎の方が何倍もかっこいいことを承知で承太郎にかっこいいと思われたい。

「これね、おまけしといたから」
「わ、ありがとうございます」
「ン、ありがとう」
「またいつでも来てくださいね」

おまけと言って、さくらんぼ1箱くれるとは思わなかった。さすが承太郎効果はすごい。ありがたい。イケゴリ国宝万歳。満面の笑みを浮かべた中年の店員はひらひらと手を振っていた。それに答えて僕が会釈をしていると、承太郎はまた一つ花を吐き出していた。薄い、紫のようなあの花弁は、たぶんシオンだった。


※※※


陽が暮れ始めていた。
ぼんやりとした足取りのまま、しかし着実に目的地に向かう背中を見てこんな時間に来る場所ではないだろうと少し笑ってしまった。時期に暗くなる。人気はない。静まり返った空気と、独特の雰囲気に幽霊でも出るんじゃあないかと思わず体が強ばる。まあ、僕は自分以外の幽霊の存在を認識できたことはないけど。

花吐き病は未だ明確な治療法が見つかっていない。
薬は飲んでもその病の進行を遅らせるだけで、唯一わかっている治療法と言えば想いを寄せている相手と同じ気持ちで寄り添うことか、その相手を諦めることだけ。銀の百合を吐き出せばそれが完治の合図だそうだ。

僕の墓の前で蹲る承太郎の容態は随分と悪化していた。さっきから咳が止まらないし、彼のあまり、物を語らない小さな口からはひっきりなしに花弁がこぼれ落ちている。彼の精神力の賜物なのか、病気の進行は一般と比べるととても遅い。とても10年以上拗らせている大病だとは、彼の叔父でさえ気が付くことが出来ないレベルである。

「それにしても10年は長いと思うんだ」

返事はない。
聞こえないのだから、当然だ。

「風邪だって拗らせたら死んでしまうんだぞ。分かっているのか、承太郎。仗助も言ってただろう。君が求めればどんな相手だって答えてくれるに決まっている。今はいい返事がもらえないかもしれないけど、あの星型動物亜門のやつだって君のことを拒めないに決まっているんだ、なぁ承太郎」

さくらんぼを大量に購入しているよりも、もっと重要なことがあるだろう君には。

承太郎の足元に散らばったたくさんの花弁。僕に送られたたくさんの花弁。承太郎の咳き込みは日に日に大きく酷くなっている。僕も、僕も君に銀の百合をあげたいのに。僕だったら君のヤレヤレ病だってすぐ治してあげるし、まず男に迫られる暇なんて与えないくらいそばにいるし、気に食わないけど星型動物亜門に浮気するのだって許してあげるし、何をすればいいのか具体的には分からないけど、君にかっこいいって思ってもらえることだってたくさんするのに。


僕のことなんか忘れてしまえと、心から思えない僕を許してほしい。
君の僕への愛が、君を殺してしまうかもしれないこと、ほんの少しだけ嬉しく思ってしまう僕を許してほしい。


承太郎が吐いたクロユリを見て、また花言葉を調べなければいけないと、ぼんやり考えた。
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