□荒北靖友を恋愛感情で見てる人達の話
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「よーし、みんな具材の入れ残しはないな?」
「「「はーい」」」

「じゃあ、始めるとするか」




荒北靖友を恋愛感情で見てる人達のはなし




「闇鍋をやってみたい」

俺の隣でローラーを回す尽八が唐突にそんなことを言ったのが始まりだった。

「なんだそれ?」
「何だ隼人、そんなことも知らんのかね?ならんね、ならんよ隼人!よし、じゃあ登れる上にトークもキレるこの山神東堂が教えてや」
「闇鍋ってのは、辺りを真っ暗にしながら食べる鍋のことっすよ新開さん」
「人のセリフをとるな黒田!」
「真っ暗にしたら具が見えないじゃねえか」
「それでいいんすよ。自分以外何を入れたか知らないで楽しみながら食べるお遊びの鍋みたいなやつなんです」
「人の話を聞けぇ!」
「どうせ、総北のあの人に聞いたんでしょ」
「ふふん、この間総北でやってなかなか楽しかったと巻ちゃんが言っていたのだよ!」
「巻ちゃんしか友達いないんスか」
「ハハハ、違うぞ黒田、巻ちゃんは友達というよりライバルだ!」
「友達いないのは否定しないんすね…」


ふむ。確かにおもしろそうだと思った。
思い立ったが吉日。

「やろうぜそれ!」



近くで話を聞いていたらしい真波も加わって、次のオフに尽八の実家で四人で闇鍋をすることになった。なかなか珍しいメンバーだとも思ったが、俺たちは今、意外な共通点で盛り上がっていた。



「脚だな!」
「腰だろ」
「たまに見せてくれる笑顔っスよ!」
「全部良いんじゃないですか〜」
「おい真波!全部は禁止だと言っただろう!!」

四人が四人とも、箱根学園自転車競技部ゼッケン番号2番、エースアシスト荒北靖友に恋をしていた、のである。暗闇の中うっすら見える表情はみんなにやけているようだ。まさかこの四人で恋バナをすることになろうとは。しかも靖友。


「でも確かにたまに見せる笑顔はいいものだな!お世辞にも美形とは言えないのにこう、ぐっとくるものがある」
「下半身にか?」
「何故お前はすぐ下ネタに結びつけるのだ隼人!!」
「いやあ、俺はそんな笑顔見た日にゃ、ニヤケとまらねえし、もう可愛すぎて食っちまいてえな」
「下ネタつーか新開さんは欲望に素直っすね、食欲とか食欲とか……」
「欲望に素直なのは黒田さんもですよね、ロッカーの盗撮荒北さん増えてたの知ってますよ」
「黒田……」
「いや、それは…その……」
「俺はお前がいつか荒北のストーカーになってしまうんじゃないかと心配でならんよ……」
「既にストーカーの人に言われたくないです!」
「何だと!」
「でも俺、東堂さんは総北の巻島さんが好きなんだと思ってました」
「あ、それは俺も思ってました〜」
「巻ちゃんは大事なライバルだと言ってるだろう!」
「尽八は好きな子には素直になれないタイプなんだな!」
「うう、うるさいぞ隼人!」
「そしたらアレですよね、黒田さんはしつこすぎてめんどくさがられてるやつ」
「ハア!?」
「え、俺なんか間違ったこと言いました?」
「靖友は面倒見がいいからなあ。でも恋愛対象からは外れてそうだよな」
「新開さんまで!!」
「そーいう新開さんはどうなんですか?」
「俺たちはおめさんらより仲良しだと思うけどな」
「悔しいけど否定できない…!」
「荒北さん、新開さんの激しいスキンシップに何も言いませんよね」
「いいや!甘いな真波、黒田。隼人の場合は友達として仲良くなりすぎてしまったがために、なかなか前へ進めないタイプだ!!」
「尽八鋭いな!」
「なるほど。確かにあそこまで仲良くなっちまえば、その関係壊したくないっすよね!」
「てことは、今一番いいとこにいるのは俺ですかね」
「ぐっ…確かに荒北は真波の言動を不思議チャンと罵りつつ許しているところがある」
「靖友甘いよな!ずるいぞおめさん!」
「まあでも、それは不思議チャンっていうくくりだから許されてるってだけで、恋愛対象とかとはまた別問題だと思うけどな」
「あれ、黒田さん負け惜しみですか?」
「ハイ真波死刑」


なんやかんや靖友の話で盛り上がってきたところで、早速メインの鍋に移ることにした。
みんなの中心で先程から煮てあった鍋はグツグツ音をたてて、食欲をそそる匂いを出している。


「熱いから気をつけろ。よし、じゃあ食べるとしよう!」
「うわ〜おいひいでふね!」
「口に物を入れたまま喋るな真波!」
「うげ、なんか粉っぽいの食った!これ新開さんでしょ!パワーバーのバナナ味でしょ!濡れたパワーバーだよこれ!」
「ヒュウ!早速当てられちまったな」
「む、これはタコか?海鮮類も誰か持ってきたな!」
「キノコとか定番っぽいのもありますね。山菜は東堂さんですか〜?」
「その通りだ真波!山神だからな!やはり山の幸を持ってこなければ始まらんだろう!ワハハハ!」
「歯に詰まってとれねーんですけど、これなんスかね?」


暗闇にも慣れて、ぼんやりと見えるとはいえ、食材がはっきりと見えるわけではない。それでもみんなで感想を言い終えながらあっという間に完食してしまった。
電気をつけると、久しぶりの明るさに目がチカチカする。


「闇鍋っていうから結構ドキドキしてたけど普通にうまかったな」
「俺の山菜のおかげだな!」
「新開さんのパワーバーはなかったスけどね。あれマジでまずかったスからね」
「そういう黒田さんの果汁グミも訳わかんないですけどね」
「そーいうのあった方が盛り上がんだろ」
「そしたら俺のパワーバーも有りだろ」
「あれはならんよ隼人!水に濡らしたパワーバーほど不味いものはないと思ったぞ!」
「ていうか東堂さん爪楊枝ないっすか?歯に詰まってとれねーんですけど、」
「まだやってたんですか黒田さん…」
「美形が台無しだな黒田。まあ俺ほどの美形なら爪楊枝を持ったって似合ってしまうがね!ワハハハハ!」
「俺はどんな美形より荒北さんがいいですけどね〜」
「ヒュウ!靖友は美人だぞ!」
「いや、俺の方が美形だが、確かに荒北は可愛いな!」
「存在そのものが可愛いよな!」
「スタイルは東堂さんよりずっと綺麗ですしね」
「おい真波ぃ!」


話題は靖友の話に戻って盛り上がってる中、歯に詰まっていたものがようやく取れたらしい黒田は、もごもごと口を動かして、それから何だったのか気になったらしく、ぺ、と手に吐き出した。


「汚いぞ黒田!!女子が見たら泣くぞ!」
「うわ!誰だよ!」
「何だったんだそれ?」
「爪っすよ爪!さすがに爪入れるのはねえわ!誰っすか、新開さんすか?」
「いや、ちげえな」
「あ、それ俺です」
「む、ままま真波ぃ、俺に爪食わせたのかお前!」
「自分の爪いれるこたねーだろアホか?アホなのか?」
「さすがに自分の爪じゃないですよ〜」
「誰の爪入れたんだ?」
「荒北さんに決まってるじゃないですか〜」
「…は?」


俺達3人の間に沈黙が走った。
当の真波はにこにこと微笑みを絶やさない。


「荒北さんの爪…?」
「そうですよ」
「何でんなもん…」
「爪の垢煎じて飲ませる的なあれか?」
「だが残念だったな真波!山も登れてトークも切れるその上美形!東堂尽八に荒北の爪の垢は必要ない!」
「やだなあ東堂さん、爪だけじゃないですよ〜」
「………は?」


再び走る沈黙。
嫌な汗をかいてきた。
真波は嬉しそうに目を細めている。
嘘だろ、


「大変だったんですよ、なかなか言うこと聞いてくれなくて」
「何の話だ、真波」
「荒北さん、寂しがっちゃうといけないと思って、俺ベプシと唐揚げもいれたんです。美味しかったでしょ?」
「真波おまえ…」
「みんな、何て顔してるんですか?…ああ、そうそう、本当は悔しいから嫌だったんですけど、荒北さん、大好きだから仕方なく入れましたよ」



「福富さん」



「うっ、……」
「東堂さんトイレ借りますっ…!」


吐き気が込み上げた。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。
真波は何言ってんだ。

本当に?

鍋を似ている時の匂いは本当に鍋の匂いだったろうか?
食べたことのない肉を噛みきらなかったか?
やたら髪の毛が口の中に入らなかったか?そしてその毛の色は本当に俺の髪色だったか?

本当に?


「何で皆さんそんな顔するんですか?新開さんだって食べたいって言ってたでしょ」
「あれは、そういう話じゃねえだろ!」
「えーでも美味しかったでしょ?」
「そういう問題ではないだろう真波…!」
「おめさん…真波、おめさん、ほんとに靖友と寿一を……」


靖友、靖友おめさん、嘘だろなあ寿一、強いんだからそんな簡単に、嘘だろ嘘だろ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だなあ、靖友、寿一、





「これで、荒北さんとずっと一緒ですね」




 

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