□諦めたのは僕が先かな
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「ずっと一緒にいたい」

最早口癖のようになってしまったその言葉には、返事をしようとすら思わなくなった。
ぎゅう、強く掴まれた腕が、キリキリと痛みを訴えている。

深夜3時の男子寮の給湯室なんかには滅多に人は訪れなくて、しんと静まりかえったその部屋に俺と新開の二人だけ、それがまるでそこだけ世界に切り取られたような錯覚を起こさせる。

新開は、俯いたままだ。


「…新開」
「なあ、おめさんとずっと一緒に居てえよ靖友、なあ」
「……バァカちゃんが」


いつの間にかするすると移動した新開のゴツゴツした手が俺の両手のひらを包む。
込められた力はそのままに。



「…洋南、行くんだってな」
「……ああ」
「そうか……」


俺の両手をやわく拘束していた手が離れ、今度は俺の背中に回る。ああ、緩やかな。
こつ、肩に置かれた頭が少し重たくて、赤茶色のふわふわの髪を撫でた。触れるまで気付かなかったが、新開は震えているような気がした。



「…もう、分かってんだろ新開ィ」
「知らねえよ」
「もう、終わりだヨ」


自分で発した言葉に泣きたくなった。
そうだ、もうこんなことは終わりにしなければならない。



 ̄ ̄ ̄高2の、暑い日のことだったと思う。
あの時の俺らは、暑さに頭がやられて、きっとどうかしていたんだ。
ミンミンとやけにうるさい蝉の声が、汗で張り付いた新開の前髪が、一見優男のように微笑まれたその表情に隠されたあの鬼が、全てが、駄目だった。
そもそも高2の夏なんて好奇心の塊のようであったので。
初めがどんな感じだったかまではさすがに覚えていないが、とにもかくにも新開と俺の関係は始まりこそ曖昧だったのだ。この関係に名前はない。ただ、欲望のままに唇を重ねて、体を重ねた。その間に生まれたこの感情にすら名前など必要はなかったはずだ。




「そもそも俺達ァ、始まってすらいないんだヨ。終わりも何もねえんだろうけど」
「なあ、おめさんがこの関係をどう思ってたのか分からねえ。でも、俺は靖友のことが好きで、靖友以外いらなかったんだ」


ああ、言ってしまった。
でも、今それを言うのは反則じゃナァイ?


「俺はおめさんが好きだよ靖友。これからもずっと一緒に居たいって思ってるよ。それだけじゃ駄目なの?」
「…駄目だろォ」



 ̄ ̄長らく続けていたこの関係の間に生まれた情が、たぶん、俺も新開と同じものがあって、それが愛なのかは分からないけど。


ぴちょん、誰が最後に使ったのか、締め切られていない水道から水が垂れている。
抱きしめられたまま、しかも肩に顔をうずめられたまま会話をするのはすごくやりづらい。こんな話なら尚更だ。


「新開ィ、ずっとなんてネエんだよ。そんなの幻想だ。今はそうやって流されていいのかもしれねエ。でもこれからは違ェだろ。てめェはどーせかわいいヨメさんとかもらって、こんなブスな野郎のことなんて忘れるんだ」
「靖友ッ!!」



終わりを考えるようになったのはいつだったか。いや、たぶん最初からだ。そりゃそうだろう、男同士の俺たちに先は見えない。男子高校生の、一時の過ちに希望はない。特に、コイツは普通にしてればただの優男なのだ。女どもが騒ぐのは当たり前で、新開の相手ができるのも当たり前のことだ。
新開のとなりにはふわふわの可愛らしい女が似合う。

最初から終わりを知っていたんだから、深みにはまる前に終わらせるべきだったのだ。




「俺はおめさんがいい。これから先どんな女の子がいても、靖友と一緒に居たい」
「それは今だから言えることだろォ。仮にそれがテメェの本心だったとしても、ンなのは間違ってンのォ!!」



ぴちょん


思わず荒らげた声のあとの沈黙。
開いたままの水道から、また水滴が垂れた。
背中に回されたままの新開の腕の拘束が緩んだ。ゆっくりと体を離す。


「…なんて顔してンだ、バァカちゃん」


新開は今にも泣きそうな顔をしていた。


「洋南行ってもよ、つか入れたらだけど、またロードやるからヨ。テメェも明早行ったらロードやンだろ?したら次はライバルとしてまた走ってやんヨ。…それでいいんだよ、それが正しいんダヨ新開」


堪えきれずに泣き出した新開の頭をぽんぽんと、幼子にするようにあやしてやった。
泣き声をあげることもせず、小さな嗚咽すら我慢して静かに涙を流す新開を見ていたら、どうしても堪えることが出来なくて、視界が霞んだ。

再び伸びてきた新開の腕が躊躇うように背中に回されてきて、行き場のなくなってしまった俺の腕も、仕方なく新開の背に伸びた。
きっと、最後の抱擁。



「靖友…やすとも……」
「ちゃんと好きなだけなのに、何で報われねえンだろうな」



せめて、俺が女だったなら。
もっと素直に、コイツの隣に並べたんだろうか。こんな道以外の選択を出来たんだろうか。…全部、たらればの話だ。
事実俺たちは男同士で、もうどうしようもないのだ。
男同士の俺たちを世間は認めてくれない。



深夜の給湯室はやっぱり誰の気配もなくて、俺と新開の二人だけで、もういっそこのまま世界から切り取られてしまえばいいのに、なんていう呟きはとうとう最後まで俺の口から出ることはなかった。

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