□報われないはなし
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どうして俺は岩泉じゃなきゃいけないんだろう。




「ーっだぁあ、くっそ!また負けた!!」
「はは、まだまだ甘いんだよ」


力を入れすぎて白くなった手のひらがじわじわと痛む。息を止めていたせいで荒い呼吸の俺と違って、岩泉はからからと笑った。飄々としやがって、何だこの馬鹿力め。

昼休みの腕相撲はもはや日課になっていて、初めはどちらが勝つかに賭けていた及川や松川ももう飽きてしまったようで、よく飽きないね、なんて哀れみの目を向けてくる。
うるせえ、今日こそ俺が勝つんだよ、なんて言ったところで勝てた試しは一度もない。


「じゃあ、今日のこのシュークリームは俺のものってことで、悪いな花巻!」
「くっそー味わって食えよ岩泉、それ期間限定なんだかんな」
「シュークリームまで犠牲になったのに、粘るねえマッキー」


腕相撲で岩ちゃんに勝てるのなんかゴリラかゴリラくらいだよ。うるせえ、クソ及川!
及川の軽口からいつものやりとりが始まった。同じクラスの奴らは、このやりとりすら見飽きていることだろう。松川にいたっては話を聞いているんだか聞いてないんだか、スマホのパズルゲームに熱中している。いつもの風景。
予鈴と同時に及川と岩泉のやりとりも終わって、それぞれの教室に戻っていく。
そんな風景を愛しいと思う。





俺の邪な気持ちを岩泉が知ったらどう思うだろうか。

つまらない数学の公式なんて全然頭に入ってこない。お昼食べた後だから、という言い訳をして授業なんてとっくに参加していない。あと30分ヒマだな、なんてちらりと窓際後ろから二番目の席へ目を向ければ、彼も随分とお疲れのようで。

(すげえ大口開けて寝るなあいつ)

無防備な寝顔をみて口元が緩みそうになったとこは誰にも見せられない。自由に真っ直ぐに生きる岩泉がまぶしくて。


愛しさと同時に襲うのはいつも後悔と嫌悪。
どうして俺は岩泉じゃなきゃいけないんだろう。

岩泉は男だ。そりゃあもう、本当に男前で男の中の男で、あれは男に惚れられてもしょうがないでしょ、ってくらい男前だけど。
俺のこの気持ちがそれと違うことは結構最近気づいてしまった救いようのない事実だ。
男が男を好きになることに何の意味があるんだ、とか考えてもみるけども、それでも最終的には岩泉への恋心で結論づけてしまうのだから、もう末期だとも思う。


「なーにしてんだか」







どうせ家帰ったって勉強しないし分かんないからどうせならみんなでやろう!と言い出したのは多分及川だったような気がする。
その一言でテスト前は俺、及川、岩泉、松川の四人で勉強するのが普通になった。

松川の家に集まって、あれがこーだ、なんだのかんだの勉強まじりにバレーの話もしたりなんかして、はかどってるんだか分からない勉強会も休憩に入ったところで。



「げ」
「どーしたよ及川」
「呼び出しくらった」
「誰に?」
「んー、カノジョ」


その単語が聞こえた瞬間に、盛大に舌打ちをしてやった。し、同じタイミングで岩泉と松川から舌打ちが聞こえるあたり青城のチームワークを感じる。


「そんな舌打ちしなくたっていいじゃん!」
「黙れクソ川」
「そーだ黙れ」
「男の敵」
「ひがみはよくない!!」
「つーかわざわざカノジョって言うあたりウザいわ」


それだ。俺と同じウザさを共感したらしい松川の質問に大きくうなづく。
当の本人はぽかんとしていた。(それすら絵になるのだから神様ってやつは不公平だよな!)


「あー…それは、さ。えっとなんていうか…」
「コイツ自分の彼女の名前分かんねえんだよ」
「…は?」


歯切れの悪い及川の言葉を引き継いでばっさり言い切った岩泉を凝視していたのは松川も同じだった。そりゃそうなるって。


「自分の彼女でしょ?」
「うーん、あれなんだよね、告白もあっちの一方的な感じだったし、忙しくてデートとかもしてあげられないし…」
「だからって…いや、お前ほんとクズだわ」
「ちょ、クズはひどいって!!」



及川が結局彼女(あきちゃんというらしい)に呼び出され途中で帰ってくれたおかげで、松川家から帰るときは俺と岩泉の二人だけだった。
すっかり暗くなった道に白い息を吐きながら二人並んで歩く。



「いやー、でも今日の及川の話はビビったわ」
「最初はビビるよな。でも仕方ねえところもあんだよ。あいつ、クソだけどバレーにだけは一途だからな」


岩泉は及川の話をするとき柔らかい目をする。及川が岩泉を信頼してるのは誰がみても明らかだけど、なんだかんだいって岩泉にとっても及川は特別で大切な存在なんだと実感させられる。羨ましいと思うし、俺が岩泉の幼馴染みだったらって考えないわけではないけど、及川と岩泉だからこそのあの関係なんだと分かってるから虚しくなる。
それに幼馴染みにこんな汚い気持ちなんか持ってるのはおかしいし。



「まあさすがに名前ぐらいは覚えられるだろうし、んなに興味ねえならほいほい付き合うなって話だ」
「そうね。でもよかったな、及川。理解してくれる友達がいて」


いい友達をもって、幸せもんじゃねえか。
友達っつーかオカンだけど。でもおまえオカンいなかったらただのクズだったんだぞ。
岩泉の絶対的な信頼を寄せてもらえるなんて、さあ。ずるいったら。



一瞬ぽかんとした岩泉が、くしゃりと笑う。


「そーだな、でもそしたら花巻だってそーだろ」
「ん?」
「お前だってダチだろうが」


つきり、と音が聞こえた気がした。
岩泉の猫みたいな目が優しく細められる。
ああ、確かに、そんな目を向けられるのなら友達のままで、それが幸せかもしれない。
そんなの、今更考えなくてもわかってるし、それでもどうしようもなく焦がれるから困っているのに。
岩泉はそのまっすぐすぎる瞳を俺に向けて、口を動かす。



「俺さ、何でか知らねえけど、友達だと思ってたやつによく告白されるんだ、そーいう意味で」
「…は?」


自分の喉から乾いた音が漏れた。


「すっげえ仲良くなったと思ったら、いきなりな。しかも結構本気なんだ、びっくりするだろ」
「…あ、ああ、うん」
「しかも毎回だ、嫌にもなるだろ、それって友達ができねえってことなんだぞ。そーいうことになんなかったのなんかそれこそ及川くらいだったし」



ああ、だから特別なのか。
唐突に岩泉と及川の関係を理解した。
そうか、だからあんな信頼関係が成り立つんだ。だから、俺ではダメなんだ。
殴られたように頭がぐるぐるする。
気がついたら岩泉の家の前だった。
振り返った岩泉がくしゃりと笑う。俺の一番好きな顔。


「だけどさ、今はお前や松川だっているし、俺だって幸せだよ、お前らみたいな友達がやっとできたんだ」



幸せだよ。



「…ははは、岩泉、男前だもんな!そっかそっか…俺も幸せだよ」



じゃあな、という声とひらひら振られた手のひらを最後にがちゃりと音を立て岩泉がドアの向こうへと消えていった。
脳内では岩泉の言葉が延々と響いている。
純粋な岩泉の言葉と馬鹿みたいに優しい笑顔に頭が割れそうだ。



岩泉は、ずるい。
あんな言葉でしっかりと予防線をはっときながら、それでも諦めることすら許してくれないんだ。ずるいずるい。


だって、そうじゃないか。
幸せだ、なんて。




「俺も幸せになりたいよ岩泉」


もう届かない背中にそっと呟いた。





報われないはなし














「おかえり岩ちゃん」
「…何でお前が、俺の家に、俺よりも早くいて、くつろいでんだよクソ川」


岩ちゃんがあんまり分かりやすく不機嫌に眉を寄せるから、まさか2時間も前にはここについてて、岩ちゃんとマッキーの話もばっちり聞いてましたなんていったら殴られるのが目に見えて止めた。


「んで?アキちゃんとはどーなったんだよ」
「ん?ああ、別れちゃった」
「そんなこったろーと思った。だからほいほい付き合うなって言ってんのに」


軽いため息と呆れた視線にも随分と慣れたもんだ。俺の頭に置かれた手がグジャグジャ、乱暴に髪をかき回していく。
甘やかすのかけなすのかどっちかにしてよ。出来ればどろどろに甘やかして。
めんどくさそうなその瞳に俺が映っている。


「俺の事言う前にさー、岩ちゃんもあの悪趣味なアソビやめなよ」
「あ?」
「友達キラー。今度はマッキー標的にしちゃってさ」


自分の魅力知ってて、思わせ振りな態度でしっかり惚れさせてから残酷な言葉で突き放す。岩ちゃんの悪趣味なアソビは、思えばいつから始まっていたのだろう。

俺の言葉に岩ちゃんは、大変愉快そうに目を細める。きっと俺以外に誰も知らない岩ちゃんの悪い顔。



「自分に向けられる好意ってのは気分がいーだろ?俺はそれを楽しんでるだけだよ。お前もその気分が分かってるから適当に女と付き合ってんじゃねえの?」



みんな知らない、サイテーな岩ちゃん。



「…俺は岩ちゃんみたいにドSじゃないから。好意向けられたらちゃんと付き合ってあげるもん」
「変わんねーよ。むしろなんとも思ってねえのに付き合う方がひどいわ」
「しっかり惚れさせたくせに告白すらさせてあげない岩ちゃんのがサイテー」
「じゃあどっちもどっち」


クスクス笑う岩ちゃんが、世界一サイテーで世界一美しくて世界一やらしいなんてことも、誰も知らない事実なんだと思うとたまらなくなる。
そんなこと言ったらそんな愛しい岩ちゃんを見ることも出来なくなっちゃうから、死んでも言わないけど。


(適当に彼女でもつくっとかないと、岩ちゃん怪しんじゃうもんね)


ダメだなあ、と思う。
俺もこのサイテーな幼馴染みにどっぷりはまってるんだ。それこそどうでもいい女の子と付き合って岩ちゃんになんて全く興味を持ってませんよ?って顔して過ごすくらいにはこの距離を保ちたいと思っている。



「マッキーも可哀想だけど、おバカさんだよねえ」
「ああ?」


「岩ちゃんなんかに惚れちゃったのが馬鹿なんだよ」



ああ、可哀想に。
 

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