□終焉カウントダウン
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「おしまいだな、お前も」


超大型巨人と評される彼はしかし、背こそ高いものの俺らと何らかわりない青年であるからたちが悪い。
その細長くしなやかな身体のあちこちにサーベルが突き刺さったベルトルトは、焦点の合わない深緑の瞳でぼんやりと俺を見ている。


「まさか俺ら人類の天敵がお前だったとはな」
「…」
「反論する元気すらねえってか?おい、ベルトルト。最期くらいなにか言うことねえのかよ。もう、お前にはライナーだっていないっつうのに」


サーベルの突き刺さった箇所から血と共にわずかな蒸気を噴き出すベルトルトとは違って、ベルトルトの腕に大事そうに抱えられた見慣れたその男は蒸気を噴き出す様子はない。
巨人の体の構造なんて俺たちにはわからねえけど、ライナーがもう動かないだろうことはわかる。
きっとベルトルトにとって、唯一無二だったライナー。

巨人化して逃げるライナーとベルトルトを捕まえるのは至難の技だった。
同じく巨人化して奮闘したエレンのおかげでこうして追いつめることには成功したが、そのエレンは力尽きて先程ミカサやアルミンに保護されていた。

今、エレン達をのぞく104期はみんな何とも言えない表情でベルトルトを囲んでいる。
頼れる兄貴分だったライナーは死に、たぶんベルトルトだって。


「おしまい、かな」

ぽつり、小さな呟きは直後大きく咳き込まれたそれにかきけされた。
ベルトルトが咳き込むたびに真っ赤なかたまりが彼の口を伝って行く。
彼の終わりがゆっくりと近づいているに違いなかった。


「なあ、ベルトルト。おまえら、ほんとに俺らを騙してたのかよ。あれは、全部嘘だったっつーのかよ」


ゴホゴホと咳き込むあの口は、いつも困ったような微笑みを浮かべていたのではなかったか。
口を抑える血だらけの大きな手は、怯えるように、でも優しく俺の頭を撫でていたのではなかったか。

あの、ぬくもりは。


「…馬鹿だな、ジャンは。」

大きく咳をしたあと呟かれた言葉は妙にかすれていた。
ひゅうひゅうとベルトルトの喉から空気の漏れる音がする。


「はは、馬鹿な、やつ。」


自嘲気味な乾いた笑い声。
泣き虫な大男の瞳はうっすらと膜を張っていた。…バカはどっちだ、泣き虫のベルトルト。

周囲は沈黙に包まれている。
辺りは蒸気と血の匂いが充満していて、それなのに空だけがバカみたいに青かった。



「……好きだった、んだ」

もう動く気力もないらしいベルトルトはそれでもキツく抱き締めたライナーを離そうとはしないでふらりと地面に伏せた。抱き締めたままのライナーに顔をうずめて発せられた言葉はそれでも確かに俺の耳に響く。
柔らかな、穏やかな、優しい声。



「好きだったんだよ、ジャン、馬鹿みたいに、僕に、ずかずか踏み込んできて、放っておいてくれたら、良かったのに。馬鹿なやつ、今だって、傷つくくせに、馬鹿なやつ、ほんとに、馬鹿なやつ」


ごほ、赤い塊を吐き出すベルトルトは、3年間一緒に過ごした、俺の知るベルトルトで。

偽りだったんだとしても、俺の、愛したベルトルトで。



「そうかよ、ばっかじゃねーの」

だってお前は超大型巨人で、人類の敵の象徴で、お前が壁を壊したせいでたくさんの人間が死んで、マルコだって、なのに、なのに。
憎んだままでいたかったのに。
全部が嘘だったと言ってくれればいいのに。

デカいくせに、強いくせに、ちっちゃくて弱くて、泣き虫で、そのわりに成績ばっか良くて俺は何一つお前には勝てなくて。


お前だって本当は、怖かったんじゃねえのかよ。



「ベルトルト」
「…、なに」
「じゃあな」
「……うん、」


ほっといたって死ぬだろうベルトルトへ近付いてサーベルをぬく。
伏せたままのアイツの口角がゆっくり上がったのがみえた。



「ありがとう、ジャン」


高く振り上げる。
周囲の視線を感じながら、思い切り振りおろした。






ライナーとベルトルトは巨人で、ずっと俺たちを騙していて、それくらいバカな俺でもわかる裏切りだったわけで。ジャンがベルトルトに止めをさしたことですべてが終わった。
血だまりに倒れた二人はぴくりとも動かない。人類はまた大きく飛躍したのだ。きっと誰もが喜ぶのだろう。



「ばかやろう、ばかやろう……!」


だから、きっと、ジャンの涙は誰にも気付かれない。



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