銀魂 腐弐
□人々は夢をみる
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にこり、と。
崩さない笑みをたたえた少年はそのまま一歩、俺へと近付いた。
紅い髪にチャイナ服は、それだけでどこかの気に食わない女を思い出させる。
「…夜兎が俺に何の用でィ」
「んー、お誘い、かな」
ゆっくり確実に俺へと近付くソイツからはわずかに血の匂いがする。
夜兎らしいといえば夜兎らしい、戦いの匂いだ。
危険だと解っていても動けずにいるのは、少なからず目前の少年に恐怖を覚えているからだろうか。
「ねぇ、俺と戦おうよ」
「悪いがお断りでさァ」
即答。
ぴくり、と今まで絶やさなかった笑みが少し動いた。
「真選組の隊長なんでショ?戦わないと死ぬよ?」
「じゃあ死んでもいいや」
不意に口をついた言葉に、少年はたいそう目を丸くしたが、それは俺も同じだ。
なんだ、死んでもいいって。
刀を握る気になれない。
少年の、この匂いが悪い。
戦いの匂いは死の匂いと同じ。
その匂いを嗅いでも何も思わないのは、俺も同じ匂いだから。
この手は一体いくつの命を奪ってきたのだろう。
どれだけの血を浴びて生きてきたのだろう。
いつもは何も考えずに刀を振るっていたのに。
少年から逃げられなかったのは、まるで鏡を見ているかのような錯覚に陥ったから。
そしてその鏡に写った自分を、恐ろしいと思ってしまったから、だからこのまま死んでしまうとしても到底戦おう等と思えない。
「いっそお前が俺を殺して、お前が俺を終わらせて」
誰の前でも言えなかった本当。
飲み込んだつもりでいて、いつも喉元に引っ掛かっていた本当。
口に出した途端に、喉がひゅうとなった。
目を瞑れば、大好きな近藤さんのことも大嫌いな土方さんのことも、護るべきものの真選組のことも消え去って、少しの罪悪感と、たくさんの。
首もとに添えられた手は、徐々に力を込めていく。
酸素の足りない体は、入ってこないと解っているくせに大きく息を吸う。
「俺も、殺してはあげないよ」
瞬間手を離され、一気に肺まで酸素が染み渡る。
それが不快で思いきり咳き込んで、そしてそのまま立ち上がった少年を見上げる。
「俺の誘いにのってくれないから、俺もあなたの誘いにはのってあげない」
にこり。
また最初の張り付けたような。
「戦いの中でなら殺してあげるからさ」
少年はさっと踵を返し、ひらひらと手を振りながら去っていく。
「だからまたね。その時までにもっと強くなっててね」
足音が遠ざかる。
喉奥を行き来する空気は俺が生きていることの証。
(まだ、俺は生きてる)
終わらせてくれたら良かった。
そしたら嘘と罪悪感で固められた俺に戻ることもなかったのに。
人生、そう上手くはいかねぇもんだ。
大きく深呼吸。
ゆっくり起き上がって膝の砂を払う。
何事もなかったかのように屯所へと足を進める。
もう、いつもの俺だ。
本当なんて言えるわけがないんだ。
刀を持つことが恐ろしいなんて。死ぬことが怖いわけじゃないんだ。
いつか。
いつか俺は俺じゃない何かに、人ではない何かになってしまうのが凄く怖いんだ。
(どうせだったら、)
もとから人ではないものに生まれてくれば良かったんだと思う。
それこそ夜兎のような戦闘種族に生まれちまえば、あの少年のように狂えただろうに。
そうなれないからこそ、こんなにも生を望まないのだけど。
だから俺はまた嘘で固めて、あの人達を護る他ないのだ。