死ネタ 30題

□20言葉は溢れ出る血に消えた
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――嫌な臭いが充満している。


それは俺が真選組として戦い始めてから、もう、随分と嗅ぎ慣れてしまったものだけれど。
それがいつもよりも濃く感じるのは、やはりこうして地に伏せているからだろうか。


指一本でも動かせない。
否、動かすことが億劫なのだ。
ぼんやりと、目を開けてはいるけれどそれすらもそろそろ疲れてきた。
ただひたすらに、眠い。


どこからか遠くで自分の名前を呼ぶ声がした。
ここには誰もいない筈だから都合の良い想像に過ぎないのだろうが。
あーあ。
せめてアンタの側で、(アンタを護る為に)
刀を振り回して、(そしてアンタを最後まで)
どうせなら、そうして。


(死にたいなあ、なんて)





「無様だな」



これも、聞き慣れた声だ。
閉じかけていた瞳をゆっくりと動かせば、案の定見慣れた長髪。
誰もいないと思っていたのだけど、違ったらしい。
その小憎たらしい名前を呼ぼうと口を開くも、溢れるのは音ではなくて、紅いかたまり。



「真選組随一の腕前でも、こんな様か」
(うるせぇ、よ)



刀を振り回すのにだって限度があるんだよ馬鹿ヤロー、最後まで気にくわない。
睡魔が強くて、今更それに耐えようとも思えず、本能が求めるままに目を閉じた。
鉄の臭いが口内を充満させていて気持ちが悪い。
神経をやってしまったらしく、既に痛みを感じないのが尚悪い。


(ねみぃな、本当)




「おい、沖田」



名前、知ってたんだ。
回らない頭でこざっぱりとした声が反響する。
おい、沖田。おい、沖田。
沖田、だってさ。
返事なんか求めるなよ、出来るわきゃねぇだろ。




「死ぬのか」
(…いや、むしろ)



この状態を見て、何で死なないなんて言い張れるんだろうか。
何を見て、俺が生きる要素があるって言うんだ。
お前の言うこと一つ一つに返事すら出来ないってのに。




「死ぬのか、」
(死ぬんじゃ、ねぇの)



もう無理だもん。眠い。
あ、アイマスク欲しい、な。
土方さんとか近藤さんはどうしたろう。
おんなじように眠くなってるのかなあ。
たまには昔みたいに一緒に寝てやってもいいよ。
そしたらおはようって言ってやってもいいし。




「沖田、」
(あー…)



ごめんごめん。
眠いんだって無理だ。ごめん。


今思えば、
攘夷浪士ってだけで酷いこといっぱいしちまったし。
あーでも、近藤さんの敵なんだししょうがねぇよな。
そのわりに近藤さんと仲良いし。変装も上手で…ってあれ。
走馬灯?これってあのあれかな。じゃあ本当にこの世にさよなら。最後に会うのがお前だっていうのはちょっと意外だったけど、うん。いいです。
ばいばい桂。



「…沖田」



ばいばい、桂。





−−−−−



名前を呼んでも、薄茶色はさらりとも動かず、蘇芳色がその瞳を開けることもない。
憎らしいとしか思わなかった男は、死んでしまえばあっという間で。
まるで雪が溶けるそれのように一瞬で。



「沖田、」


触れた頬は冷たく、肺やら胃やらから溢れた血で唇が真っ赤に濡れていた。


さらり、流れた髪も所々紅く染まり、それが酷く、酷く。


(美しい、などと)



いつも邪魔で仕方なかったのに。


唇に自らのそれを押し付けると、既に人の体温はなく石のように冷たかった。
瞳の光が消え入る直前までその口は何かを紡いでいたのに、溢れ出る紅にかき消されて。




「なんと、言ったか、もう一度俺に言ってみろ、幕府の犬め」



どれだけ言ったところで、もう目覚めないことも理解しているのだけど。




言葉は溢れ出る血に消えた

出来れば一度、
立場など関係のないところで言葉を交わしたかった。





 
 

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