銀魂 腐弐

□今だけ僕のために生きておくれよ
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なんと形容すればいいのか難しいけれど、たぶん、人望があるとかっていうんだろう。
隣でかったるそうに団子を頬張る銀髪は、マダオのようでいて実は案外頼りになるのだ。



「旦那は一生結婚とかできなさそうですよねィ」
「…え、なに突然、なんで俺そんな切ない宣言されたわけ。」
「思ったことを言っただけでさァ」


人望がある、というのは言い方を変えればたくさんの人に必要とされてるということだ。
優しい旦那のことだから、きっと誰もに求められたらみんなに応えてしまうのだろう。一人なんかにしぼれない。だから結婚だってできるはずないのだ。
かわいそうな人。


蝉の鳴き声がうるさい。
頬を伝う汗の気持ち悪さに夏を実感する。
甘味屋の傘で日陰に入ってるとはいえ、暑さを回避できる術にはならない。
隣の旦那なんか、死んだ魚のような目をしている。あ、もともとだ。



「そういやさ、沖田くんさ、最近制服姿みねえな。だめだよ、税金泥棒なんかしちゃ」
「…失礼ですねィ、オフなんですよ、オフ」


ぎくり、とした。
顔に出さなかった自分を褒めたい。
胸のあたりがつきりと痛んだ。



「おまえ制服着ても着てなくてもいつもサボってんじゃねえか。最近は制服着るのもだるいってかコノヤロー」
「こんな暑い中あのかっちりした服来てらんねぇですよ」


旦那はマダオのようでいて、実は結構鋭い。
死んだ魚のような目の、その奥がじっと俺を見つめているのがわかった。
その強い視線は、少し苦手だった。




『冬までは生きられないでしょう』

医者の声がこだまする。
姉上と同じ病名。
今更その病気に蝕まれていたとは。どうせなら姉上の分も全部俺がもらってやれたら良かったのに、なんてぼんやり考えていた。
みんなには黙っていたのに、破り捨てた診断書の破片をザキに見つかった。
口止めしたら不満そうな顔をしていたけど、言いふらしたりはしなかった。翌日に土方コノヤローから長期休暇を申し付けられたから、ザキなりの優しさなのだと思った。

最初は信じられなかったのに、今このうだるような暑さの中にいると、確かに、俺は弱くなってしまったのだと嫌と言うほど実感する。つきりと痛む胸は最近ますますひどくなってきた。

冬までは生きられない。
冬までは。





「沖田くん?」
「…はい?」


数秒遅れた返事に相も変わらず強い視線を送ってきていた旦那は、諦めたように溜め息を漏らした。
と、次の瞬間にはゴツゴツした大きな手が俺の頭上にあった。
柔らかな手つきで温かなぬくもりがぐしゃぐしゃと俺の頭をなでる。


「馬鹿だね、おまえ」
「子供扱いすんな」
「ばっか、そうやって怒るところがまだまだガキなの」


そっ、と手が離れる。
優しいマダオの旦那はたぶん、俺の心配なんかしてくれちゃってるんだろう。
自然と笑みがこぼれる。



「じゃあね沖田くん。」
「へい、旦那」



立ち上がってのそりのそり遠くなる背中。
見えなくなるまで手を振ってあげた。


存外、俺は独占欲が強いらしい。
人望の厚い、誰のものにもならない旦那が先刻の一瞬だけ俺のことを考えていたことがこんなに胸を熱くさせる。


蝉の声はもうしない。
このひとときのお礼に、旦那の分の勘定も済ませて俺も帰ろうと思った。




今だけ僕のために生きておくれよ
(この一瞬だけは俺だけのあんたでいて)
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