銀魂 腐弐

□正義の観念
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とける。とける。とける。
よごれてく、なのに頭はクリアで。
もう、なにがなんだか。
とける。とける。
ああ、そのまま消えてしまえたら。







ふと、アイツを思い出すことがある。
それは本当に何の前触れもなく訪れて、例えば屯所の庭を眺めていて、アイツはよくあの木の上で寝てたなとか、マヨネーズが切れた冷蔵庫をみてアイツはこれを全部ケチャップにすり替えていたっけ、とか。
思えば俺たちはあのどうでもいい時間を長らく共有していた。たぶん、それが幸せってやつだったのだろうな、と今ならばわかる。殺伐とした日々の中のあの柔らかい存在は確かに俺の救いだった。


書類をめくる山崎をみて、アイツはよく始末書をコイツに押し付けてたな、なんていつものようにあの薄茶色をおもう。


 ̄ ̄幼い時から一緒だったのに、俺は本質的なところでアイツを見てなかった。いや、みようともしてなかったのかもしれない。
だからアイツは壊れてしまったんだ。
アイツはまだ、子供だったのに。


「副長ってば」
「…、わりい、なんだ山崎」
「さっきから呼んでるのに。最近、少し働きすぎじゃないですか?」

大丈夫だと言ったのに、案外心配症な監察はぐっと眉をひそめている。

「マヨネーズ足りてねえだけだ。心配すんな」
「いや、それでもう十分すぎると思いますけど…」
「それで、なんの話だ?」
「ああ…」


沖田さんのことについてなんですけど。


(ああ、)


「…沖田総悟、な。」
「す、すみません…つい、癖で」
「気をつけろ、バカ」


沖田総悟。
俺のぬくもり。光。救い。
だった、男。





総悟との最初の思い出を聞かれれば、まだあまりにも幼い仏頂面が浮かぶ。武州。ミツバの鈴のなるような笑い声と近藤さんの豪快な笑い声が重なる。何も気にせず、ただ笑いあっていたそれこそ幸せの日々。
小さなあの手が刀を握るようになったのはいつだっけ。

すべてが近藤さんの為だったはずだ。
少なくとも俺はそのつもりしかなかった。言葉にはしなくとも誰もがそうだと思っていたし、きっとそうだった。ただ、近藤さんの為に全てを背負うには、まだあの背は小さすぎただけ。
強そうに輝く瞳はいつもどこか脆かった。
アイツはぎりぎりで戦っていた。




「なにしてんだ、おまえ」
「ひじかたさん」

討ち入りの、翌日だった気がする。
いつも通り誰よりもしなやかに美しく剣を振るった総悟が、その同じ刀でぼんやりと自分の腕を傷つけていたのは。
血だらけの腕から刀を取り上げて応急処置をすませてみればそこまで深い傷ではなくて酷く安心したのを覚えている。
どうして、と尋ねると、巻かれた包帯を撫でながら、アイツは言う。


あのねぇ、俺達は正義でしょ。正義のために刀を振るってるんでしょ。だから昨日もあんなに人を殺したんでしょ。全部正義のためでしょ。だけど、正義ってなんですか。そりゃあ俺にとっての正義は近藤さんですけど、たとえば俺が昨日殺した浪士たちにとっては俺達が悪ってやつじゃないですか。悪がふたつもいたらそれは矛盾だ。矛盾の中で俺は何を斬ればいいんですか。俺は俺が思う正義で人を殺したけど、そしたら俺も誰かに殺されなきゃいけないでしょ。だからね、ちょっとわからなくなっちまって、はは、おれ、なにいってんのかな、ねえ、ひじかたさん。ひじかたさんの正義は近藤さんでしょ。俺だってそうだもん、そうに決まってる。でもね、じゃあ有り得ないけど、もしもだけど、もし近藤さんがいなくなったりしちゃったらさ、あんた、それでも刀振り回せるの。おれはたぶん、きっと、ぜったいむりです。そしたらさ、おれ、どうなるのかな。そしたら、なんか、刀がやけにおもくて。ははは、ね、ひじかたさん。



そのとき俺が何もしなかったのは、何も出来なかったから。
総悟のSOSに気がつけなかったのは、その翌日には何事もなかったかのように元に戻っていたから。
今となっちゃすべて言い訳だ。




「…沖田、総悟は、やはり鬼兵隊にいる模様です。着流し姿で河上万斉とともにいるところを目撃されています。」
「そうか…」


また、アイツに会ったとき、俺はアイツを斬らなければならない。
攘夷浪士を斬るのが真選組の正義だから。たとえ俺がアイツに何か思うところがあっても、真選組と攘夷浪士であるならばそれは敵どうしなのだ。


アイツはアイツの正義を見つけたのだろうか。
アイツの正義の中で、俺は斬るべきものなのだろうか。
俺は誰の正義でアイツを斬るんだろう。


すべては、アイツをとめられなかった俺への報い。






とける。とける。とける。
よごれてく、刀が、おもい。


「沖田、」
「…たかすぎ」
「野郎がそのうち此処に来るぜ」
「そうかぃ」


彼は、よごれた俺をみてどんな顔をするのかな。

俺はもう、何者にもなれないし、だからといってあの人の知る俺にも戻れない。ただ、この男の狂気に惹かれてついてきた、馬鹿な裏切り者。
ははは、ばっかみてえ。




「どうでもいいや」


煙管の匂いを漂わすその口にかみついた。



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