銀魂 腐弐

□巡る季節と笑うきみ。
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終わらない冬はない。

たまたまついていたテレビから流れる音声は、 どうやらサスペンスドラマのワンシーンだった らしい。

終わらない冬はない。 現実的に考えれば当然のことだ。ここに住んで いる以上、それは覆ることのない当たり前のこ とであり、だからこそ今こうして春がきている のだ。ぽかぽかした陽気は抗い難い眠気ととも に春の訪れを知らせていた。

目の前に積まれていた書類の山もあらかた片付 け、ぐんと伸びをする。 口元が寂しいと思っても、煙草を吸おうとは到 底思えなくなった。

もう1年以上経ってしまう。 あの冬からもう、1年以上経ってしまうのだ。




「だってね、アンタ絶対怒るじゃないですか。 そしたら言うのが億劫になっちまったんでさァ 」

怒るに決まってる。けど、コイツにじゃない。 何も気付かなかった自分にだ。 敷かれた布団の上でにこやかに、少し困ったよ うに笑う総悟は明らかにやつれていて、色も青 白くて。逆にこれまでどうして気が付かなかっ たのだろうか。

げほげほ、吐き出した咳には徐々に見たくない 赤が混じり出した。宇宙に行ってまで吸ってい たかった煙草を止めたのは随分昔。 頼りなく震える背中は到底あの一番隊隊長には 見えない。

「旦那はどうしてますかねェ。チャイナは?メ ガネは?今となっちゃ桂でさえ懐かしい」
「…みんな元気だよ」
「まだね、全然誰とも決着ついてないんでさァ 。だからね、土方さん、」

そんな顔しなくたって、俺はまだまだ死にやせ ん。総悟の細い指がゆっくりと俺の前髪に触れ る。俺よりも少しだけ低い体温。 わかってるよ、テメエは俺を殺るまで死ねねえ んだから、不死身だろ、なんて返せばアンタな んか今一瞬で殺れまさァ、寂しい答えを真面目 な顔して返すもんだから、それは酷く、ひどく 。

病気が移るのがやだ、なんてコイツらしくもな い随分しおらしいことを言ってきかなかった総 悟は、誰とも会うことを拒んだ。 (そんなのはずっと無視していたけど) 近藤さんはもちろん、真選組の連中、万事屋、 チャイナ娘、メガネ、駄菓子屋のババア、その 他もろもろ。 いつどうなってしまうのか分からない恐怖と、 その苦しみの中で周りとの繋がりを断ち切って しまった総悟の孤独は誰にも計り知れないだろ う。

言葉には出さずとも総悟の線が細くなっていた から、会う度に顔色が悪くなっていくから、そ れでも逸らされない真っ直ぐな瞳が弱々しい光 を灯して、俺に全部訴えていたから。

「もう、冬ですねィ。寒くて適わねえや」
「そういや、外も雪降ってたな」
「雪!懐かしいなァ、ここ2、3年ずぅーっと 見てねぇです」
「…」

早く治して、また一緒に雪合戦すればいいだろ 、なんて答えをするのは残酷だと知っているか ら沈黙を守る。 総悟の肩が震える。 激しい咳。 紅。

何もしてやれない自分はただ、総悟の頼りない 背中を支えることしかできない。

「ねえ、土方さん」
「なんだ」
「笑っててね」

脳内で言葉として処理されるまでに少しの時間 を要した。その間にも紅は溢れていたから仕方 ないだろうと思う。ついさっきまで死なないよ 、なんて笑っていた奴の吐く言葉じゃないだろ うに。

「また色んな奴から嫌われて、色んな奴に悪口 言われて、色んな奴に裏切られればいいんです 。そんで、そんなアンタを愛してくれるってい う物好きと、ちゃんと幸せになって」

俺みたいなね、なんて一言まで付け加えて。

ずるい男だ。 涙一つ零してくれたなら、寂しいって、怖いっ て、一言もらしてくれたなら、俺は一緒に死ん だって良いのに。

「…ばかやろう」
「バカって言う方がばーか」
「お前の方が大バカ野郎に決まってんだろ」
「はは、あんたみたいな泣き虫に言われたくあ りやせん」


泣かないでください、笑っててほしいんです

俺はお前には泣いてほしい

あー、それは無理な話ですねィ



彼の薄茶色が柔らかく揺れる。





「副長?」

声の方を振り向くと、洗濯物を抱えた山崎が突 っ立っていた。

「何してるんですか?」
「…何でもねえ」

ぼんやりと桜を見ていた。 終わらない冬はない。当たり前のことだ。冬が 終わるから春がくるのだから。

だけど、総悟の冬は終わらなかった。 あの冬、春を待たずに逝ってしまった。

総悟は最後まで泣いてはくれなかった。 笑っていたのだ。最後まで。最後までずるくて 、美しいまま。


「ずる賢いんだよ、バカ」

目を閉じればいつだって。 思い出の中の総悟はいつも笑っている。

今になって、もっと笑ってやれば良かったと思 う。俺の中の総悟か常に笑顔であるように、総 悟の中の俺も笑顔であれば良かったのだ。後悔 はそれだけでは留まらないけど。

それでも愛だけはあった。

桜が散る。 その内に全て散って、緑に染まり夏がくるのだ ろう。やがて赤やオレンジに染まり秋が来て、 またあの冬がくる。総悟が生きた冬。

屯所を見渡せばあちらこちらに総悟の残像がこ ぼれ落ちていて、ああ、そうなのだ。

巡る季節の中で総悟は今も心に生きている。
思い浮かんだ総悟はやはり笑っていた。



 

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