たんぺんもの


□俺の悲劇的恋愛
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生き物が違うとはよくいった。
昔の男も大差がないことをしていた筈だ。
昔の女も大差がないことをしていた筈だ。
妻に興味がない。家庭に飽きた。仕事だけが生き甲斐。たまに飲みにいったスナックの女に手を出した。ただ、手を出した女が悪かったなんてことは日常茶飯事
。スキャンダラスなのは有名人だけ。
セックスレスで女が淋しいなんてのもある意味嘘。妊娠して出産して、男の妻であることを女であることを男に対して放棄したのはあっちから。
世の女がみんなそうとは言わないけど、私の妻は少なくともそうだった。綺麗に着飾る装飾も塗られたマニュキュアも化粧も服もみんな私のためでなく自分のため、子供のため、外面と女友達への見栄のため。
ゴミ捨てに風呂掃除、夕食の後片付け。
妻を気遣いやったことは全部冷ややかな目で返された。それぐらいで何がどうなるの全部中途半端じゃないの私へ当て付けなの。言外にそういっているようにしか見えない。
ああ、居場所がない居場所というのもおかしな話だ。
浮気がばれて妻はもう実家。離婚秒読み段階。田舎の親戚に我が物顔で怒鳴られて殴られるなんて私が成長していない証だろうか。
15年続いた結婚なんてすぐになくなった。子供さえ妻に奪われた。慰謝料を大学卒業まで払えと決まった時にはもう、婚姻届けを出し私が18歳になったばかりの頃に横で綺麗に笑っていた妻の顔は般若に見えた。
女で退屈し女で家庭を滅ぼしたなんて誰に言えたものか。
淋しいようなすっきりしたような穴は子供に会えないだけが原因でないように見えた。










Title:俺の悲劇的恋愛











上京してから10年。
こんなに衝撃的な日はない。明日には地元に帰るからと最後の夜をまったり夜空を見ながらとある公園で呑んでいた。転勤願いを出したのだ。別段場所希望を添
えてなかったが社からの通達は実家近くだった。近くに住めば飯くらいは食べにいけるだろう。ビールだけ、1缶買って飲み終わるまでの私の思い出に浸る時間。
それが何故だろうか。
気付いたら自分の部屋にいる。
隣に見知らぬ男。
お互い全裸で、さらに特筆すべきは私の頭の下に男の腕があるという事実。
間違いなくゲイと所謂呼ばれる性癖の男を持ち帰ったのだろう。私が。
その確信は酒癖の悪さに自覚がいやというほどあるからだ。
起こさないように体を持ち上げ、ベッドを出れば下着を着ている事実に腰も尻も違和感がないことに気付いた。どうやらそういう事でこうなったわけではないらしいと安堵する。
時計は早朝5時。
起きるには早いが荷物もほとんど次の社宅マンションに送付したが最後の朝をのんびりと過ごすのも悪くない。
「あー…?」
ふ、と背後で男も起きたらしいことがわかる。
「おはよう。」
布団に押し付けられた顔は全く見えないがどうやら濃いめの顔とわかる。男前、はわかる結構なレベルの人をまた拉致して抱き枕にしたものだと頭を抱えた。男を抱き枕にした事実が気持ち悪いと思わないのは私がゲイだからとかそういうオチではない。ただ、酔っ払うと前後不覚、人肌恋しくなり無理矢理その近くの人間を拉致してベッドに引き込む傾向があるらしい。
もちろんだが男女問わず間違いを犯してしまった事がなきにしもあらずだ。たいてい起たないし寝てしまう事の方が多い。
ぱっちりと目を開いた彼を見て挨拶したが完全覚醒とは言わないようだ。
「水いりますか」
「……………」
返事がない。多分また寝てしまったのかと放置し出かける準備でもしようと決める。
シャワーを浴び、身支度を整え、荷物を確認し、コンビニで軽い朝食と珈琲を二人分購入し帰宅したころにはもう6時をゆうに超えていた。飛行機は12時。9時にタクシーに乗り込めば充分だ。荷物は先に全て送ったため、布団だけしか残ってないような状態だ。7時には布団をしばり宅配にだしたいのだがいかんせん人が寝ている。
サンドイッチを食べ珈琲を飲んでいると物音が背後でした。振り向けば男が青ざめて立っていた。
「あ、おはよう」
「どこの雑誌」
「は?」
「俺になにした?」
「はい?雑誌?私は普通のサラリーマンですが」
「嘘つけ!」
珈琲を床に置くと落ち着けとばかりに手で制する。
男に向き直る。
「昨夜のことは覚えてませんがどうやら公園で一緒に呑んだようで、私が部屋に誘ったようです。何を誤解されてるか知りませんが、今日、私、ここを引き払う予定なのでせめて8時30分までにはでていっていただきたいです」
経緯と事情を説明した。男の目が嘘臭そうに私を見ている。起きたら何もない部屋に寝ていた上に知らない人間が隣の部屋にいたらだれでも狼狽するだろう。
しばしの沈黙の後、男は「シャワーだけ借りていい?」とぽつりといって風呂へ消えた。タオルは百均、石鹸だけしかないが充分だろう。使い捨て用の品々を渡すとまた、不思議そうな不審そうな顔をしていたが受け取り礼だけいって扉をしめられた。
何と言うか不思議な奴だという印象だった。それで連絡先交換なぞもするわけもなく男とはそれきりだ。それ以上なにもなかった。日々仕事や職場に慣れることだけに専念し、実家に顔をたまに出すくらいだ。ニュースを聞きながら夜、ネットで浅木新聞オンラインをなんとなく見ていた。
意外と地域の特集も充実していておもしろい。パソコンは5年物だが大切に使っているのが幸いしかなり快適に動いてくれる。
浅木新聞の記事に見たことがある顔がある。見出しはこうだ。
【日本を代表する画家の一人、岡谷治涛氏が異色作・寝台を発表】
画家である彼の顔写真の横にその異色作がある。水彩画の様だ。淡い色調の背景とは裏腹に中央に置かれたベッドに眠る男二人は体温を分かち合うような親密さを濃いめの色で描いたものだ。手前の顔がくっきり描かれている男。
「…まて、間違いだろ」
画像を大きくしてみる。
間違いなく画家はあの最後の日をともにした男で、嘘であってほしいが自分の顔に描かれている男はそっくりだ。まるでこれでは私がゲイのようではないか。いやそうとしか見えない。
記事を読むと、この岡谷という男は人物画像を描く事自体初、その上にこの異色作。ゲイではないかと噂されているとはっきりではないがそういった事を匂わせる記事まで書いてある。
画家のコメントに、「一夜を共に楽しく過ごした相手との思い出」とある。泣きそうだ。
一夜を楽しく過ごしたのは間違いないが絵が絵だけにそうとしか思えない。
慌てて画家、岡谷の連絡先を調べる。ホームページがあるはずだ。メールで抗議をしよう。こんなことを書かれたら知っている人間なら見ただけで誤解する。さらに離婚直後。まずい。
メールをしようと見つけたホームページだが、予想外に連絡先もある。まだ7時を過ぎたところだ。電話をしてみようと携帯を手に取った。
三回のコール後、留守電に変わった。構わず留守録を残す。
「絵をみました。あの夜、共にいた者です。あんなコメントにあきらかに私とわかる絵をかかれては困ります!訂正してください。連絡先は…」
まだ抗議したりないが連絡先だけ残しておけばと思い、携帯の番号をいっておく。すぐに訂正とはならないだろうがなんとか考えて欲しい。ため息混じりに電話を切ったその次の日から同僚や旧友、家族や親戚にいたるまで冷たい視線に曝されることになった。
さらにはだ。
離婚した元妻からは冷たい言葉をわざわざいただくし、子供には絶対に会わせないと言われるわで最悪だ。
居場所がない居場所から追い出されただけでなくさらに居場所を奪われてしまった。国外逃亡しかないかもしれないと思い詰めはじめた一ヶ月後、知らない番号から連絡が携帯にあった。
ちょうど、仕事の休憩中で飯時だった。営業とはいえ外回りは部下の仕事ではあるものの居づらい雰囲気に、代行に頼みこみ外回り中心にしていたが営業先では間違いなく好奇の目。噂が落ち着くまでと軽く諦めていた。定食屋には客がこれでもかとつめかけていた。
が、そんなに気にかけることなく私は電話をとった。
「はい」
「あ」
「どなたですか」
不審そのものだ。切ろうかと思ったその時。
「岡谷です。」
「岡谷さん?…あんたっ!すみませんが少しこのまま待ってください」
ランチタイムにごった返した定食屋に私の怒鳴り声が響いた。だが騒がしいこの時間。誰も気に止めていない。幸いだ。咳ばらいし、食べかけの定食だったが箸を置き会計を済ませる。
私が無言の間にこっちの状況などおかまいなしにしゃべり続ける。
「あの夜、冷静になると楽しい夜だった。貴方の温かい体温なんか思い出すと堪らなくなってもう描かないと発散できなくなりました。申し訳ない。こんなに事が大きなものになるとは…すぐに連絡をと思ったのですがこっちの事務所もパンク状態で、選別に時間かかって」
申し訳ないという気持ちも画家としての欲求も理解できる。が、こちらの迷惑に関しての謝罪がない。
ようやく店をでる頃に無言であるこちらの状況を認識したのだろうか。
「すみません、喋りすぎですね。しかし一目惚れってあるんですね。俺、したことなくて戸惑って…」
太陽が隠れた空を見て、ため息をつく。ようやく話せると口を開く。
「失礼しました。貴方の琴線に私のどこが触れたか存じませんが勝手にモデルにされたら困ります!」
たまりにたまっていた怒りを言葉にのせる。岡谷の絵が発表されてからの苦痛は生半可なものでない。眠れない夜は一度二度でない。
湿った風を受けながら、近くの百円パーキングにとめて置いた社用車に乗り込む。車内は少し篭り、暑かった。エンジンをかけると発進した。
「聞いてますか。」
「聞いてます。すみません、直接お会いできませんか」
「いいですよ!いつお会いしますか」
「こちらはいつでも!」
いやに嬉しそうな言葉がしゃくに触る。こちらは怒ってるんだと見せるため、長い間沈黙をとる。
しかし相手も食わせ者だった。
「あ、そうですね。今日夜あたりにどうですか。初デート!」
言われて事故を起こしそうになった。あわてふためきハンドルをきった。
「初…なんだって!」
「きちんと準備してむかいますからね。8時に」
「待ってください。貴方、思い入れがあるのはわかりますが初デートはないでしょ」
芸術家はどこかおかしなところがあると言ったものだがまさかの言葉だ。男相手に初デートはないだろう。モデルとしてよほど気に入られたようだが、外で会うのは困る。誰かに見られようもんなら何を言われるかわかったもんじゃない。
しかし、おかしい。
岡谷の事務所は東京のはずだ。ここははるか南。おいそれと会えるはずがない。
だからいつがいいか聞いたのだ。
「今どこに」
「東京ですけど」
「今日は無理でしょう。そちらもお忙しいでしょうから。夜なら基本的にあいてますので日時を決めて下さい」
少しは誠意を見せてるのだと気付き、腹の虫がわずかに治まる。社に到着し、駐車場の少し暗がりの中、携帯を握り直す。
片手で鞄にいれてある手帳を探っているとよく知った声が聞こえた。
「……もう一度聞く。今どこですか」
「東京海洋運輸の支社です」
「私がいる支社ですか」
「あ、部長さんがあがっていいそうですよ。半休扱いだっておっしゃってます。」
無言で通話を打ち切ると慌てて事務所に戻った。一斉に視線が私へむいた。恥ずかしい。穴があったら入りたい。あの一連の岡谷の発言はこの場所でみなに聞かれていたのだ。
岡谷だけが嬉しそうに笑っている。
この時、私は人生で初めての体験をした。怒りで頭が真っ白になり、気付いたら岡谷が足元で失神していた。原因は私が殴る蹴るの暴行を加えた為だ。痛む拳を見つめる私に部長はいった。
「君、もう明日から、いや今この時から我社とは関係ないから。帰りなさい。」
クビを宣告されたのである。
ある意味望んでいた結果かもしれない。
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