たんぺんもの


□越えられますか2
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三年前に入社した時、俺は一目惚れってのを体験した。
目の前にいた彼は理想的だった。

禁欲がスーツ着ているような堅物。
仕事人間で、厳しいひとだが笑うと笑顔が意外に幼い。
そのうえ、結構かっこいい。

笑顔を見た時、俺は落ちた。
女の子たちもそれを知っている。
堅実な、仕事ができる男は間違いなく、彼女たちの旦那候補。
少ないが俺と同じ人種も結構狙ってた。
俺の先輩は人気があった。

そんな中、やっと落とした先輩は身持ちがかたく、泣きそうなくらいの反応を見せる俺殺し。

キスもやっと。

この間なんか、俺とするってだけで慌てて焦って勘違いしてかわいかった。





付き合い出して後少しで一年。
そろそろ、マジで、錆びる前に決めたいお年頃です、俺。










Title:越えられますかU










外回りから帰れば、先輩の姿がない。
社にはちらほらと営業の奴らが帰ってきているがまだ先輩は帰ってないようだ。
綺麗に整頓されたデスクには塵一つない。
事務員が清掃員と競って片付けているからか。
上司が席を外しているのをきちんと確認した。
データ処理をする彼女たちに土産をちらつかせた。


「お疲れ様」
「あ、やったー!」
「これ、三上のお煎餅ですか」
「今日、そこの社長からもらったんだーいる?」
「いるいるいるー」
「あたしお茶注いできます!」


言うが早いか、一人が給湯室へ走った。
がさがさと封を開くのはもう一人。
帰ってきた同僚たちも誘って茶会が催される。
帰社後の一息だ。
口々に仕事の話しや噂話し、それに私事なんかを話している。
適当に相槌を打つ。

先輩が帰って来ない。

もう8時回る。
どうしようかなあ、今日、一緒帰りたいんだけどなあ。

等と考えていると。


「帰りますよー?あたしたちも。」


事務員の声に我に返った。


「あ、うん。お疲れ様でしたーっ」
「残業、ほどほどに〜」
「ありがとう。気をつけてねー」
「ありがとうございます〜」


遠くなる彼女達の靴音を聞きながら先輩のことを考えている俺。
残業する業務なんかもとからない。
前倒しで仕事しているだけ。
携帯も鳴らない。
先輩から着信無し!

何してんだよ先輩。
俺俺、マジ帰っちゃうよ?
拗ねちゃいますよ?
勘弁してよー。

じっと携帯を睨む。
うんともすんとも言わない携帯。
仕方ない、と携帯を手に取り、先輩に電話した。
いくらなんでも遅い。
時間外で会わなきゃいけないクライアントなんか今日はいない。
ぷっぷっぷっ、と耳元でダイヤルする音。


「声聞きたいって」


着信した音がなり出した。

ちゃららららっらーららっ

ん?
後ろから聞こえてますか?
後ろから?
俺は立ち上がると音がなる方に歩いていく。
資料室?
営業課備えつけの。
がちゃり開けると更に音は大きくなる。

まさか…

先輩今日、外回り、すげえ件数少なかったし。

まさか…

資料室の小さな椅子に寄り掛かり眠り込む先輩がそこにいた。
ネクタイを少し緩めて。
無防備な顔をして。
足を投げ出して。

尻と腰と首が間違いなく痛くなる体制だ。

同じ格好で何時間寝てたんだ、この人。
多少呆れながら近づいていく。
携帯の終話ボタンで、電話を切ると着信音が切れた。

そろそろと近づいていく。
先輩の顔の前に手を持って行き、思いきりぱんっと手を叩く。


びっくうっ


「うぉ…」


顔を上げた先輩。
よだれたれてます。


「おまえ、何で?あれ、暗い?うあ、夜か!寝てた…あーくそ、三日の資料探してたん…あー…」


先輩、まずよだれを拭きませんか?
マヌケだから言いませんけど。
あ、気付いた。
ティッシュを取り出して拭ってしまうと、俺を無視してネクタイを締め直し、上着を羽織った。

ちょ、俺へのコメントないんですかっ?!

時計を見て、溜息つくと鞄を閉めた先輩は資料室を出ていく。
慌てて追い掛ける俺。


「先輩って!」
「何だ」


堅物らしい無愛想な声。
慣れる迄よく、凹んだな。


「いつからいたんですか?」
「15時かな。」
「今21時30分ですよ」
「おまえこそ何でいるんだ。」
「俺先輩待ってました」


あっけらかんと言えば少し、雰囲気が柔らかくなる。


「…今日は時間がない。」
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