たんぺんもの


□雨ん中
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しと、しと、しと。
外は薄暗い。
雨が、雲が暗く近松の家を覆っていた。
三吉は、そんな近松の家でずっと本を読んでいた。
一時間も、二時間も。
ずっと飽きることもせず、三吉は読んでいた。
手に持つのはくだらない小説だった。
横で、何が楽しいのか仕事をし始めた近松へと出会ってから初めてと言える程に意識を集中させながらも。
素知らぬ顔をして三吉は読んでいた。
何か、この湿気た空気が少しの熱で膨らんで爆発しそうな気がしていた。












Title:雨ん中













「雨が」
小さなアパートだ、手を伸ばせば近松の手が三吉を捕らえる等造作もない。
本を読む三吉を放って、近松はパソコンで企画書を作っていた。
三吉のぽつんと言った言葉に近松のかたかたとキーボードをならしていた指が止まる。
「止まないな」
三吉は本を読んでいると、話さない。
珍しいのとで近松は三吉へと視線をやる。
三吉は近松でなく窓の外を見ていた。
「ああ。明日迄止まないらしい」
「天気予報はあてにならない」
「予報だからね」
「止まないと困る」
「なんかあるの」
「明日から三日、新人研修に付き合って山奥」
「ご愁傷様」
緩やかに沈黙が落ちた。
そして三吉の目が近松へと移った。
近松の目でなく、唇へと視線が。
「雨、止まないな」
「ああ、止まない」
ぴりぴりと視線を感じた唇が緊張し、三吉の切れ長の目が憎たらしくなる。
近松は、三吉が好きだった。
三吉は、近松が友人として好きだった。
近松が三吉に告白したのはつい、五日前だ。


ごめん。


それだけが三吉の答だ。
大学の時にバイト先で仲良くなって、近松と三吉はいつも一緒にいた。
店長に怒られたり、彼女と喧嘩したり、全部何でも話していた。
三吉は、物静かで本が好きであまり友達を作るのも、深く付き合うのも好きではない。
近松は、真面目で勉強が好きで、けれど分け隔てないその性格で友達も多い。
二人は、仲が良かった。
いつも一緒にいたのがいけなかったんだろうと近松は思う。
気付いたら好きになっていた。
男だと解っていても気付いたら好きになっていた。
もう、二年も経っていた。
前に進めないまま、三吉が他の誰かと恋愛するのを近松はじっと見ていた。
でも前に進みたい思いは募るばかり。
三吉が、欲しかった。
気付かない三吉、友達としての言葉に一喜一憂する近松。
変えたかった。
実る事が無い事を解っていて告白したのが、この五日前。
それからぱったりと三吉は連絡をしてこなくなった。
近松からもすることはなかった。


その、三吉が突然近松の自宅へと来た。


いつもの様に本を持って、近松の部屋に居座った。
何をする訳でもない。
近松は理解した。
三吉は、近松に前の関係へと戻れと言っているのだと。
この五日間の近松の涙も、酒も、全て押し隠して三吉は近松に友人へ戻れと。
近松は三吉を跳ね退けられなかった。
だからいつも通に三吉との空間に堪えている。
いつか、この感情が昇華され、笑える日が来る事を信じて。
耳に残る、三吉の声を打ち消す。


ごめん。
邪魔な、声だった。


視線がゆっくりあがって、近松の目を覗いた。
三吉の目が近松を捕らえた。
緊張が走る。
せっかく友人のふりをしていたのに目を見られると近松が三吉を欲しいという感情が全て見透かされてしまう様で、近松は緊張した。
そのせいだろうか。
三吉が近松の唇に触れた時、何が起こったかよく解らなかった。
離れて、また三吉はすぐに本を無言で読み始めた。
近松が自覚したのはその直後だ。
触れたのは唇。
キスをされたのだと。
頭の中が真っ白になった。
三吉の動作があまりに自然で、何も言えずにただ、三吉を近松は見ていた。
視線を感じたのか三吉は本から近松へと視線をやった。
「仕事、しないの」
それどころじゃないと、近松は思う。
ぐぐとパソコンの上に置いた手を握り締める。
パソコンを押し潰す様力を込めた。
三吉が近松のその手をパソコンから奪った。
「仕事、しないの」
手首を持つ三吉の手を、近松は驚いた様に見て、三吉の顔を見た。
「仕事、するよ」
やっと出た近松の声はかすれていた。
「するんだ」
相変わらず、感情が篭ってるのかないのかわからない声で三吉はそう呟いた。
何でもない事、そう言っている。
近松はゆっくりと三吉が近づくのを最後に激情に塗れた。


















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