たんぺんもの


□越えられますか?
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お父さま
お母さま。



親不孝をお許し下さい。






俺、ついに今日、恋人(♂)と交わる事になりました。












Title:越えられますか?












夕闇が落ちた狭い、アパート。
薄い壁に、年期の入った壁と台所。
今日のこの日の為に片付けたと言わないばかりの室内は今まで見た事のないくらい片付いていた。


綺麗、とは言い難いところがこいつらしい。


昔から片付けが下手くそだった。
社に入った当初からこいつはやたらと書類の整理もデスクの整頓も社内の簡単な清掃も全部、下手くそだった。
やろうという気力と努力は素晴らしいものがあったけれど、才能ってあるんだなこういうのにもと感慨深くなるほど下手くそだった。
わざとやってるのではないかと思っていたくらいだ。


インスタント珈琲を二つ。
かたんと小さな丸テーブルにおいたと同時に小さく、どうぞ、と呟いて目を伏せる。

気弱な印象とはほど遠い顔をしている癖に。
身体もでかい癖に。
社内で一番の押しの強さを持つ癖に。


緊張、してるのか俺の顔を見る事がない。
今まで部屋に何度となく遊びに来ているがこんな顔をしているこいつは初めて見た。

新鮮だな。

緊張して、カップがカタカタカタとテーブルと歌を歌う。


「…、何緊張してんだ」


思わずそう言う。
ぶっちゃけて言えば俺にも緊張が伝わって、この後、ヤる事とかどう持っていくかとか、いろいろ考えてしまう。

勘弁してくれ、26歳でヤるのヤらないので余裕ないくらい緊張するなんて。
勘弁してくれ。


何なんだこの空間は!


「あ…ぃや」


声がすぐに出なかったのか幾分、ひっくり返った声で、こいつは慌てて言った。

やばい。

一気に緊張が全身に走った。
何でそこまで緊張してんだ!
おまえも!
俺も!


「声…ひっくり返っちゃいました。あはははは。」

「あはは」


空々しい笑い声。
つられて笑うが緊張が増すばかりだ。
何だよ、どうしたいんだ。

ああ、気持ち悪くなってきた。


だいたい、おまえ、男と専門で付き合ってたじゃないか。
入社した時から数えて3人は知ってるぞ。
頼むからそのスキルを今生かせ!


俺は一度たりとも男と付き合った事がないんだ。
おまえが初めてなんだ、男相手に付き合うのも欲情するのもキスしたのも!

なのに何故そこでリードしてくれないんだ。

そうだよ、俺が知るだけで3人はいるんだ。


こいつ、まだ24なのにここ1年で…
もしやこいつは遊びじゃないだろうな?
考えたことなかったけど、男にヤられて遊びだったんですけど何マジになってんすか、馬鹿じゃねぇのとか言われたら俺はどうなるんだ!

男としてどうなんだ?

た、た、立ち直れない……
確実に無理だ。
こいつが遊びじゃないという確証はない。
3人、1年で。

多い、多過ぎる。


俺なんか1年前に彼女と別れて、それからおまえにおとされて、久しぶりの恋愛みたいなもんなんだぞ。
男を好きになったことを受け入れるのも1ヶ月かかったのにこれでヤられて捨てられたらどうなるんだ。

怖くなってきた。

こいつ、俺を毎日毎日好きだの愛してるだの言ってるが本気なのか。


本気で言ってるのか?!


「先輩」

「あ!?」


気付けば手を握られていた。
思わずひくりと僅かに指が動くと、嬉しいのか笑った。

笑った顔が既に怪しい。


「よかった、先輩も緊張してるんですね。俺だけかと思ってました」


照れた顔で、そう大事につぶやき、ぐっと手を握られると愛しい気持ちが競り上がる。

抱きしめてやりたい。

キスしたい。

そんな思いがぐるり回る。
手が力強く握られたまま、照れた顔が隠れて強く見詰められる。


「先輩…キス、していい?」


等言われたら死ぬ程動揺を始める俺の心臓。

今更とも言える位にキスをしてきたのに、何故今こう聞くんだ?
緊張をさらに助長させる気か?

だいたい何で緊張するんだ、この程度で何故緊張するんだ。


別に過度に緊張する様な事じゃないじゃないか。
ああ、変な汗がでてきた。


「…聞くなよ」


余裕がないまま呟けば、奪うキスが俺を襲った。
明らかに行為を意識した、劣情を含んだそれ。



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