たんぺんもの


□雪の中の気持ち 上
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雪が降る。
しんしんと
とめどない灰色の空から落ちるそれは、酷く優しい色をして

そして

肌を射す様な冷えた温度。


Title雪の気持ち




「あら?」

隣に座っていた中年女性が声を上げた。
ちょうど俺が座っていた位置から何があら?なのかは見えないがどうやら知人を見つけたらしい。
反物屋の中。
結い上げた髪から香る香油と形、簪が武家の女と理解できた。
思わず中年女性の視線の先を見るとそこにいるのは町人の男。
生粋の町人とは言い難いその視線は柔らかい表情とは裏腹に鋭い。

「山さんではございませんか」

「へぇ!これはこれは西戸崎家の奥方様!お久しぶりでございます」

「本当に。その節は娘を助けて頂いて。当家も本当に助かりました」

「やめて下さいよ。あっしはそれを言われるとなんとも言えなくなります。」

困った様に微笑む町人は柔らかい人好きするような笑みを浮かべている。
武家の女の付き添いできた俺は町人との会話の中で何かしらの世話になったらしい事は理解できたが誰であるかは解らない。
口を出すのを嫌うが武家の女の旦那の手前、出さぬわけにもいくまい。
危険人物には見えぬが何かあってからでは遅い。

「奥方殿、こちらは?」

「ああ、三河様。失礼致しました。こちらは山さん。いつかお話致した事がございましたでしょう。暴漢に襲われた美津を助けて下すった…」

「美津殿を?」

思い当たるのは先月祝言を我が弟と上げたばかりの武家の女の一人娘である美津。
弟の妻の恩人とあらば腰を折らぬわけにもいくまい。

「そうであったか。山さんとやら、その節は世話になった。」

立ち上がり会釈に似た礼をすると山さんは頭を掻いた。

「そんな居心地悪ぃなあ…お武家様に頭を下げられたとあっちゃあ、あっしは面目たたねぇな」

「山さん、こちらは三河様。夫の部下ですの。」

胸の中で呟く。


−−そして弟に出世も女も先を越された間抜けな…兄ですよ


顔は無表情だが胸には苦い思いが広がる。
優しい武家の女だが世間を知らない。
義理や立場を知らぬのは罪ではないか。
小さく溜息を吐き、山さんを見た。
部下です、など。




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