銀時×土方3

□トシ受けで十のお題
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1.死ぬなと言う言葉の重さ


その日は、月もない闇夜だった。
何もかもを拒絶しているような冷涼な空気はぴんと張詰め、吐き出す息は白く色付き、闇に溶けていく。それを目で追いながら上を見ると、月明かりがないからだろうか。いくつか星が瞬いている。
昔見た夜空にはそれこそ降るように星が瞬いていたが、天人の文明が入ってきて久しい昨今、人口の灯りによりその姿をなかなか見ることは出来ない。
それでも今歩いているのはそんな灯りもあまりない川沿いの道だったため、いくらか見ることが出来た。
ほぉっと嘆息を落とす。なんだか少し安心したような気がした。星はなくなったわけではなく、単に見えなくなっていただけだ。そんなことは分かってはいたが、こうやって実感できて妙に嬉しかった。
久しぶりに入った仕事ですっかり帰宅が遅くなってしまったが、こんな夜空を見ることが出来たならよかったかもしれない。
銀時が現金にもフンフンと思わず鼻歌を歌いだしたくなるほどの上機嫌で足を運んでいたその時だ。
なにかが琴線に触れた。そしてすぐに鼻腔を擽るにおい。
それはかつて嗅ぎ慣れた、そして今では嗅ぎたくもない鉄錆びたにおいだ。銀時は途端に顔を顰めた。
全神経を集中させる。どこかで誰かが血を流していることは間違いない。
放っておこうか。ふとそう思った。下手に首を突っ込んで、厄介ごとに巻き込まれたくはない。今までそうやって何度事件に巻き込まれたことか。知らぬが仏、触らぬ神に祟りなしというではないか。
そう言い聞かせるが、どうしても胸のざわめきが止まらない。こんなとき、自分の勘は外れたことがなかった。
銀時はチッと舌打ちを打ち、においを辿って駆け出す。
すぐにそのにおいは濃厚なものに変わった。それに導かれるがまま細い路地に入り、そこで一瞬立ち尽くす。
目の前に死体が転がっていた。思わずしゃがみ込んでそれを確認した銀時は、一閃の下、確実に即死させられているその死体に妙に感心する。この死体の生産者はよほどの剣の腕らしい。ふと奥を見ると、転々と同じものが転がっている。
どうやらこの死体だった者たちはここに誘い込まれたのだろう。ということは一人、若しくは少数に対して多数で襲い掛かっているに違いない。襲われた方は一斉に斬り付けられないように、このような細い路地に入り込んだのだ。
襲われているのは、そんなことを咄嗟にあるにも関わらず冷静に判断を下せる剣の達人だ。
銀時の背に戦慄が走った。
そんな人物を自分は知っている。
銀時はすぐさま立ち上がり、奥に向かって走り出した。途中、転がっている死体は八つ。これを一人で生産したというのか。思わず喉をゴクリと鳴らした。
そして鼓膜に届いた剣を交える甲高い音。網膜に飛び込んできた闇の夜に浮かぶ白刃。
それは突如バランスを崩して倒れこんだ相手に向かい、振り落とされる瞬間だった。

「土方ァァァ!!」

銀時は咄嗟にそう叫び、いつも持ち歩いている木刀をその白刃に向かい投げつけた。それは見事に刃に当たり、突然のことに驚いた男は剣を取り落とす。
現れた闖入者に二人の視線が同時に銀時の方に向き、動作が一瞬止まった。その隙を銀時が見過ごすわけがない。男の腹に見事に蹴りを入れて地面に抱擁させた。そのまま体重を乗せ、容赦なく背中を踏みつける。バキっという音が静寂の中に響き渡った。恐らく脊椎が折れたのだろう。男はグェッと瞑れたカエルのような声を出し悶絶した。
それを無慈悲に見ていた銀時は男からゆっくりと足を退け、振り返る。
その視線の先には、いつものように黒い隊服をきっちり隙なく着こなした土方が呆然と自分を見上げていた。

「大丈夫?」

大丈夫なわけはないが、とりあえずそう尋ねる。土方の隊服は至るところが破れていた。闇夜で見えはしないが、恐らくかなりその服地は鮮血を含んでいることだろう。
それでも土方は無言でこくりと頷き、立ち上がろうとする。途端にその体がふらつき地面に激突しかけるのを、銀時は見計らっていたように抱き止めた。

「大丈夫じゃないよね?」

彼はどこまでも意地っ張りだ。今もこのまま何も言わずにここを去ろうとしたのだろう。それでも体はすでに言うことを利かないらしい。
悔しそうに唇を噛み締めるあまりにも血の気の引いた彼に、うちにおいでと、銀時は告げたのだ。



最初は拒んだ土方も、ならこのまま無理にでも病院に放り込むと言うと諦めたのか。大人しく付いてきた。
ふらつく体を支えてやり、ようやく辿り着いた家の中に招き入れる。明かりの下で見た彼は想像していたより凄惨な姿をしていて、思わず銀時は息を呑んだ。
とりあえず、怪我を確認しなくてはいけない。神楽もいるが、もう寝ているだろう。彼女は一旦寝付くと、雷が鳴っても大地震に見舞われても、決して起きることはない。
居間代わりにしている部屋に招き入れ、服を脱がせた。白磁のような滑らかな肌に走る多数の刀傷に銀時は眉根を寄せる。これは無理にでも病院に連れて行ったほうがいいかもしれない。
鮮やかな紅色の雫は止まることなく溢れ出て、白い肌を穢していた。特に脇腹と左の上腕部がひどい。これは縫った方がいいだろうと、戦場生活の長かった銀時は判断した。
しかしどれだけ進言しようと、決して土方は頷かない。

「ちょっときつめに包帯を巻いておいてくれたら大丈夫だ」
「何言ってんだ!それぐらいですむ怪我じゃないのは自分で分かってんだろ?!」

どこまでも意地を張る土方に銀時は思わず声を荒げた。
病院に行ったら、恐らく事が露見する。恐らくこのことを真選組の連中に知られることを恐れているのだろう。
土方がどれほど真選組に心血を注いでいるのか、傍から見ている銀時でも分かる。
しかし、だからと言ってこれとそれとは話は別だ。
銀時は土方のことが好きだった。出会ったのは攘夷戦争の時だ。攘夷志士を襲う鬼がいると聞いて赴いた先、そこに現れたのが彼だった。
それから長い時を経てようやく再会を果たした。最初に出会ったときは女だと思っていたから、再会して本当は男だったと知って、吃驚したのはつい最近のことだ。それから気が付くと、いつの間にか彼に惹かれていた。いや。もしかすると煌々と辺りを照らす月光の下、出会ったその時から既に我知らず恋に落ちていたのかもしれない。
だから彼を失いたくなかった。だがこんな無茶ばかりしていると、確実に彼は近い将来、冷たい骸となることだろう。

「オメェには、死んで欲しくねェんだよ……!!」

だからつい、搾り出すようにそう告げた。攘夷戦争時、目の前で散っていった多くの命。銀時はいかに人が容易く死ぬのか、身を持って知っている。
彼にとって死ぬなと言う言葉の重さが、どれほどプレッシャーになるのかもきちんと理解していた。
それでも銀時はまるで死に急ぐような生き方しかできない土方にそう訴える。
土方は途端に顔を歪めた。
その今にも怒り出しそうな、それでいて泣き出しそうな顔を見て、銀時の方が泣きたくなったのだ。



2007.12.15(初出) 2008.8.9(収納)



お題元HYSTERIC*さま



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