nobel(その他)

□had never seen(伊神)
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正直、聞いた時にはびっくりした。

深司の特技が華道だなんて、俺じゃなくても驚くだろうと思う。

そんな考えは深司にはすっかり見透かされていたようで、ブツブツと盛大にぼやかれた。

「それにしても、深司と華道ってやっぱミスマッチだよなぁ。」

「神尾…、お前、心の声だだ漏れだぞ。」

呆れたように石田に言われて、漸く自分が声に出していた事に気が付く。

現在文化祭の準備中で、俺と石田はそれぞれの持ち場へ向かっている途中だ。

「ったく、んなこと言ってるとまた深司にぼやかれるぞ。」

苦笑混じりにそう言い、石田は後で、と軽く手を振って教室へ入っていった。

「それでも、イメージと違うよなぁ…。」

釈然としない心持ちでひとり歩いていると、パチン、パチンと小気味良い音が聞こえてきた。

何の音かやけに気になり、引き寄せられるようにひとつの教室を覗く。

すると、人影がひとつ。

「深司…?」

先程の音の正体はどうやら、彼が花を切っている音のようだった。

花器を使って基準の長さを決め、その花と比べるように他の花の長さも決めていく。

ドクン、と心臓が高鳴る。

俺には型などよく分からないが、繊細に、また大胆に茎を切り落とすその仕草に目を奪われた。

花と向き合う深司の表情は真剣そのもので、洗練された雰囲気を醸し出している。

普段の彼の陰気で無気力な様子とは似ても似つかない。

同一の人物には見えない程だった。

ドクン、ドクン、ドクンと心臓が駆け足で一定のリズムを刻む。

見とれている内に、いつの間にか花は活け終えていたようで、深司が軽く息を吐く。

顔を上げて少し離れて花を見、満足げに頬を緩める。

今までの深司の表情は俺が決して見たことの無いものであった。

思わず身動ぎした拍子に肩にぶつかった掃除用具入れがガタンと派手な音をたてる。

「…誰か居るの?」

振り返った深司の顔は、いつも通りの仏頂面で。

少し残念に思うと同時にほっとした。

さっきまでの深司の表情は息を詰めるくらいに綺麗で、
ずっと彼があの表情ならば俺の心臓がもたないだろうと思った。

未だに少し早い鼓動から逃げるように、
俺は自分の持ち場の教室へと止まっていた足を向けるのであった。
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