[小説]鬼ノ棺

□ハジマリ
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京の中心から少し外れたところに壬生はある。
 京野菜で壬生の名産品でもある壬生菜の畑が目立つ以外、これと言って変わりのない村なのだが将軍警護の為に募られた浪士組の一部が居座って後、幕末史の表舞台に浮上することになる。


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9月18日、この日新選組は祇園の一力で宴を開いていた。二人いる局長のうち、近藤勇は隊士一人につき一人の女をあてがってやり、大いに盛り上がった。ほぼ全員が茶屋に朝までいたが、一部の幹部は途中で抜け、壬生屯所に戻っていた。土方歳三以下、試衛館派の沖田、山南、井上、原田は前川邸。芹沢鴨率いる水戸派の平山、平間とその愛人たち三人は八木邸にあった。



芹沢は朝からただならぬ雰囲気に包まれた組に異常を感じていた。捕物があるならわからぬでもないが、それなら筆頭局長たる自分が知らないのは至極不自然だ。

(もし来るなら今夜だろう)

近藤達の事である。彼らが自分達の行為に反感を持っていることは知っていた。おそらく先日の新見の切腹も、潔く自刃したと報告されたが

(詰め腹であろう・・・)

と分かっていた。隣に寝ているお梅には知らせていない。

 (いくらなんでも女までは斬るまい・・・しかし、もし・・・)

不意に懐から鉄扇をとりだした。いつもはなんともないのだが、今日に限ってずしりと重く彼の手にのしかかった。


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この時、すでに前述の試衛館派の五人は芹沢のいる八木邸に踏み込んでいた。左之助は平山を、山南、井上は平間、そして歳三、沖田が芹沢にあたった。

芹沢とお梅が泊まる部屋の前で沖田がつぶやいた。

「あの人は私が斬りますよ・・・土方さん」

「・・・そうか」

言われずとも予想していたことだ。この男の性格からして懐いていた芹沢を自ら仕留めたいのだろう。

歳三と沖田は刀を抜くと勢いよく襖を開き芹沢の枕元に殺到した。歳三の頬を芹沢の枕、沖田の鼻を鉄扇がかすめたかと思うと芹沢が目にも止まらぬ速さで抜き打ちに刀を放った。それは沖田の鼻の下を斬った。が、浅かった。その隙を縫って歳三が芹沢に突を見舞う。その軌道の先にお梅が出た。歳三は手を止めた。

(女は逃がしたい)

彼女の行動に沖田も気を取られた。ただ一人、芹沢だけの反応が違う。お梅を、刺した。それは一瞬だった。さすがの芹沢も手元が狂ったのか急所をわずかに外れていた。

崩れ落ちるお梅を芹沢が受け止める。

「いしゃあは三途の川の辺の辺で待っておれ・・・すぐに追いかける」

その言葉が終わると共に、お梅は暗闇に引きずり込まれた。


芹沢は脇差しと大刀で二人に対峙した。


「嬉しいぜ・・・総司」

といいながら沖田に一太刀浴びせる。それは見事な太刀筋だった。
歳三は芹沢が最期に自分の剣を沖田に見せたいのだとさとる。


「芹沢さん・・・あんたの相手は総司だ、立ち合いは俺」

言い終わらぬうちに芹沢と沖田は勝負に移る。

(たくっ、子供みたいな奴らだ)

もちろんそれは口にしない。
 芹沢が刀を横に凪ぐ。それを避けた沖田は芹沢に突きを繰り出した。刀が芹沢の腹に突き刺さる。
目にも止まらぬ三段の突きだった。

「・・・・・・・」

芹沢はフッと笑うと何も言わず崩れ落ちた。


この一瞬の間に芹沢が何を思って笑ったかは、わからぬままに書き記しておく。

この日、新選組が狂気の集団として歩き出した最初の日あったと言えよう。沖田の目には涙が光っていた。歳三の目頭にも熱いものが溜まっていたが自身は気づかなかった。



数日後、近藤派の手によって芹沢派の隊士の葬儀が盛大に執り行われた。 芹沢の兄が水戸の家臣ということもあり、水戸の重役も参列した。この公の場で新選組の頂点に近藤勇が誕臨したのだと暗に宣言していた。

 全て土方の描いた脚本通りに事が進んだ。隊士には芹沢の死は長州の浮浪によるものと伝えた。近藤派によるものと信じて疑わぬ者もあったが、葬列で沖田の流す涙が、皆にこのことを信じさせた。しかしそのことを総司が知ることはなかった。
 芝居など到底できない、この若者の、こういった素直さこそが新選組の本質であるのだろう。



 芹沢鴨 斬死 享年36

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