[小説]鬼ノ棺

□剣の嵐
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斎藤と土方が河上彦斎と対峙していた同刻−


沖田は浴衣姿で京の市街を歩いていた。新選組の仕事が忙しくなってからは夜、人だかりをさけてフラフラ散歩に出かけるのが彼の心の平穏を保っていた。

続けているうちに一人になりやすい道もわかるようになってきた。
沖田は懐に入れたコンペイトウを一粒つまみ口に含む。このコンペイトウは小夜にもらったものだ。

(小夜ちゃんは優しいなあ・・・こうして私の好みの甘味をくれるし・・・)

しかし沖田はわからないのだ。

(新選組に平穏を奪われた彼女が何故に私たちに優しくしてくれるのか・・・)

あの優しい笑顔に皆が癒されている。それは隊士一同よくわかっている。

もしかしたら自分も彼等も、故郷の母や姉、娘と彼女を重ねているのかもしれない。

(姉さん・・・)

そんなことを考えていると姉のお光がふと懐かしく思え、恥ずかしくなった彼は鼻の頭をポリポリかいた。

あれこれ考え歩いていると、ふと聞き慣れた歌が耳に入った。

「通りゃんせ、通りゃんせ・・・ここはどこの細道じゃ・・・」

こんな夜遅くに童唄など似合わない。沖田は知らず知らずのうちに身構えていた。

「この子の七ツのお祝いに・・お札をおさめに参ります・・・・」


唄は急にそこで聞こえなくなった。

(酔っ払いかな・・・)
そうホッとしたとたん背中にはい上がるような悪寒を覚えた彼はすぐさま背後を振り返りつつ後ろに飛びのいた。

「行きは良い良い、帰りは怖い・・・」

ブンッっと白刃が閃く。
「怖いながらも・・・」

同じく唐竹の二撃目。

 「通りゃんせ、通りゃんせ・・・」

唄い終わりと同時にいつの間にか居合の構えをとった刺客は斬りあげる形で抜刀する。

(この抜刀は示現流・・・薩摩の人か・・・)

刺客は更に返す刀で袈裟に振り下ろす。体を開いて沖田は避けたが後ろの民家の格子戸が断ち切られた。

示現流は二の太刀要らずと呼ばれ、一撃に全てを賭ける流派だ。威力は無双を誇るが技の後の隙も大きい。そこを狙い、沖田は下がりながら抜刀術を繰り出す。刺客も不意をつかれた形になり太ももを裂かれる、が浅い。

「やっぱり下がりながらの交叉法は当たりませんね・・・でも次は決めます。」

ついでに、と言いつつ平晴眼に構える。

「立ち合いと言うほどじゃないですけど一応名乗っておきます。私は新選組一番隊組長、沖田総司。」

刺客も少し考えて口を開く。

「おいは薩摩藩士、中村半次郎にごわす。私怨はないが新選組最強と言われるあなたと手合わせしてみたいと思うちょりました。」

といいながら示現流の蜻蛉の構えをとり

「チェェッ!」

という猿の様な奇声と共に沖田の首筋目掛けて斬撃を繰り出す。

ヒュッと空を斬る音がする。

「!?」

先程まで沖田がいた場所にはなにもない。中村の目の前には夜の京の町が広がっている。

次の瞬間左肩に衝撃が走る。

彼はよろめいたが愛刀を支えにかろうじて体を支える。

中村は

(斬られたッ!)

と思った、が肩に手をやると血が一滴もでていない。


沖田の方に目をやると、彼は既に刀を鞘に納めつつあった。

「峰打ちですよ、いま会津と薩摩がいざこざを起こすのはまずいですから。」

完敗したという敗北感にうちのめされている中村を尻目に沖田は元来た道を戻っていく。

そしてふと思いだしたかのように立ち止まりこう言った。

「中村さん、もし次会ったとき、くだらない剣士になっているようなら・・・斬りますよ。」


正直、このとき中村は戦いの中で初めて恐怖を感じた。例えるなら沖田総司の中に眠る、得体のしれない化物に飲み込まれそうな恐ろしさである。

それと同時に沖田の後ろ姿に

(あの男を必ず殺す。)
と誓った。



この二つの襲撃事件を境に新選組が幕末の、政治や思想とは別に、獣同士が血で血を洗うような剣の嵐に巻き込れて行く。

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