[小説]鬼ノ棺

□河上彦斎
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(近藤や土方がいる限り幕府も捨てたもんじゃない)

あの日以来象山はそう思うようになっていた。元治元年七月十一日、象山は馬に乗り木屋町にさしかかっていた。この日も象山はこれみよがしな洋装に身を包んで道を進んだ。

この出で立ちがこの男の命運をわけた。攘夷をうたう者にとって象山の洋装は襲撃の目印でしかなかった。

不意に物音がして、象山が目を向けると四、五人の浪士が襲いかかってきた。象山はそれを鞭で撃退すると、馬の腹を蹴って逃げ切るつもりだった。

が、彼を待ち受けるかのように一人の背の低い男が道の真ん中に立ち塞がっていた。それが河上彦斎だった。河上は我流の居合の構え。

やむなく象山も抜刀し立ち向かう。しかしそれまでまるで動かなかった河上が地を蹴り間合いをつめてきた。象山が刀をふり下ろしたが遅かった。一瞬早く河上の剣が象山の脇腹を駆け抜けた。

しかし象山は落馬せずなお馬を走らせた。暗殺者達の誰もが失敗を覚悟したが象山が木屋町を抜けることはなかった。常人離れした速さで馬に追いついた河上はそのまま跳躍し大上段に振りかぶると象山の肩から腰までを斬りさいた。

かえすがえす言うが象山は馬上。それを跳躍しなおかつ斬り裂いた。

いよいよ象山も落馬し事切れた。


佐久間象山
斬死 享年五十四



−−−−−−−−−−−

無論新選組にも知らせは届く。近藤はすぐさま捜索を命じた。

しかし白昼に堂々人斬りをした暗殺者は不思議なほど見つからなかった。




事件から一週間ほどたった。この日の亥ノ刻、斎藤一は歳三と共に巡察をしていた。歳三は昼間外に出ることは少ないのだが夜は度々外に出る。だから夜に巡察を割り当てられることも多い斎藤の三番隊について散歩がてら巡察に行く。


「しかし斎藤、お前の朝寝も本当に考えもんだな。」

「いや・・・しかし朝はどうも・・」

「隊士も朝寝坊が組長じゃかわいそうだな」


無駄話をしつつ彼らが歩いていると道の橋の家屋の陰に物乞いが座っているのに気づいた。

歳三と斎藤は顔を見合わせた。どうも人間、日々死と隣り合わせで生きていると第六感が発達する。

物乞いにそれらしからぬ殺気を感じた二人は速やかに隊士達を遠巻きに物乞いを包囲させた。続いて斎藤が声をかける。無論鯉口はすでに切ってある。

「ねえ、あんた本当は侍だろう?なにやってんの、こんなとこで。」


こういう奴はだいたいすっとぼけて逃げようとするのだが、今回のニセ物乞いは

「新選賊ッ、天誅を加える!」


と叫ぶなり抜き打ちに斬りかかってきた。斎藤はかろうじて避けたが、間髪入れず返す刀で斎藤の首筋に向け振り下ろす。

流石に斎藤も隊中屈指の居合の使い手である。読んで蹴り飛ばした。盛大に積み上げられた材木に突っ込んだニセ物乞いは今一度居合の構えを取る。


対する斎藤も居合の構え。しかし斎藤は左利きであるが故に右に刀をさしている。無作法といえばそれまでだがその存在しない左構えと天性の才が彼の剣を無双のものとしていた。


音で例えればピッと言った感じで刀がかちあう。背の低い河上は背の高い斎藤に押し負ける形になったがそれでも上に跳躍して斎藤の能天目掛けて打突した。落下速度が加わるそれを斎藤はかろうじて受ける。


鍔ぜり合いに引きこめば斎藤に分がある。斎藤は鍔ぜり合いの状態から急に平突きを続けて何発も撃つ。平突きとは天然理心流の技で刃を地面と水平にして突きを繰り出すことで刀が肋骨の間に滑り込みやすくなる。さらに外れても即、横凪の攻撃に変換できる実戦の太刀だ。

七発目で男はついに避けきれず脇腹を突かれた。好機とみた斎藤はさらに横に切り裂く。鮮血が飛ぶ。

しかし男は倒れない。紙一重のところで後ろに飛び致命傷を避けたのである。

男はペッと血を地面に吐き斎藤と歳三を睨んだ。


「お前らが探しちょる象山斬りの下手人は俺じゃ。」

感づいてはいたが事実と知り二人に今一度緊張が走る。だが男に先程までの殺気は無かった。

「斎藤一、土方歳三・・・あんたらの腕もなかなかじゃ。俺は肥後の河上彦斎、いずれまた・・・。」

と言うがはやいか軽業師の様に民間の塀に飛び乗りタタタッと走り去り闇に溶けた。


「あいつが・・・」

斎藤が呆気にとられた様に呟いた。歳三もまた

(これから更に京は騒がしくなる)

と思った。常人が不安を覚えるこの時、歳三は高揚する気持ちを抑えきれず

「フフフ・・・ハハハッ、ハハハハハハッ」

と高笑いをあげた。斎藤が驚いて歳三を見たから歳三もすぐに冷静になり。

「帰るぞ。」

と言った。斎藤もそこそこ歳三と付き合いが長いから歳三が笑った意味を理解し苦笑をもらした。

(まったく・・・妙な人だなあ・・・)

そう思いつつスタスタと足速に前をあるく歳三を追いかけるのだった。


二人は屯所に帰ると、斎藤が河上と立ち合っていたのと同じ時、沖田と原田が薩摩の刺客と斬りあっていたことを知った。

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