[小説]鬼ノ棺

□佐久間象山
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松代藩に佐久間像山という侍がいる。有名な洋学者で当時の日本の最先端を担う学者であったことは疑いようもない。

彼の門弟には吉田松陰をはじめ、小林虎三郎や勝海舟、河井継之助、橋本左内、岡見清熙、加藤弘之、坂本龍馬などそうそうたる面々が名を連ねていた。

近藤もその一人で門弟でこそないが、度々彼の私邸を訪ねては話しをしている。


近藤にしても歳三にしても尊王攘夷を掲げ、京の治安維持に励んでいたのだが、こともあろうか大将が洋学者に

(たぶらかされちまった。)

と歳三も呆れている。

しかし沖田や永倉、原田は、近藤が見てきた様にはなす異国の話を面白がる。

小夜が近藤の部屋に茶を運ぶと西洋の銃の話で盛り上がっていた。


部屋には近藤をはじめ歳三、山南、沖田、永倉、斎藤、井上、原田、山崎の9人。


近藤が鉄砲を撃つ仕種をしながら

「いくら君達でもこう鉄砲でズドンズドンとやられては敵わないだろう」


と言うと永倉は


「しかしよ、そんなズドンズドンと弾のでる鉄砲なんてあるのかえ?」


と聞きかえす。


すると歳三が横から


「このまえ与助んとこに行ったらよ、スペンサー銃って奴を買わねえかって言われてな。」


 与助とは土方が一人よく行く居酒屋で居合わせた回船問屋の手代なのだが、個人的に外国から仕入れた武器を売っている。


「6連発だそうな。」

と言った。


それまで部屋の端でつまらなそうに刀の手入れをしていた山崎と、寝転んであくびをしていた井上も驚き

「ほう」

と素っ頓狂な声をあげた。


「買ったの?」

という原田の問いには


「一丁だけ買っても意味ねえしなあ」

と答える。

長らく歳三の話しを聞いていた近藤が

「お前たちはガットリングゴン連発砲を知っているか?」

と言う。沖田が

「もったいぶらずに教えて下さいよ、近藤さん。何だか面白い名前だし。」

と急かすから、笑いながら


「なんでも西洋の新兵器で六十数える間にダダダダダダって具合に百五十発弾がでるんだと。」

と教えた。

「百五十・・・、そんなものができたのか・・・。」

と山南が感心していると藤堂が

「あれ?物知りの山南さんが知らないの?」

と言うものだから


「私だってなんでもかんでも知ってるわけじゃないんだよ。」

と苦笑しながら言った。


小夜から茶を受けとった斎藤が

「あんたはいまのガットリン・・・なんとかを聞いたことあるかい?」

と聞いてきたが


「私・・・そういうのには疎くて。」


外国のお料理なら少しはと付け加えた。


「ほう、料理か。」


と意外な答えに斎藤も驚く。


「意外と近くに洋学者がいたみたいですよ。」

と冗談まじりに沖田が言って皆を笑わせた。


「なあ小夜、こんど一緒に先生のお宅にいかないか?」

と近藤。


「え、佐久間象山先生ですか?」

と急な誘いに驚くが

「そうそう。」

と嬉しそうに頷かれるとすこし行きたくなってきた。

「良いんですか?」

「別に料理を作れとは言わんよ。いつも先生に話しを聞いてばかりだからね、たまには先生をあっと言わせたいのさ。」


「それじゃあ、お願いします。」


と言うと、今まで聞いていた沖田や原田、永倉たちがおれもおれもと言うから結局歳三も引っ張られて行くことになった。

 一行の面々は近藤、歳三、沖田、斎藤、永倉、井上、藤堂。

−−−−−−−−−−−

象山の家は町屋の並ぶ一角にあった。とても洋学の権威とは思えなかった。

近藤が声をかけると中から初老の髭面の男が出てきて


「おうたくさんきたな。」
と言った。

彼が象山である。この日の象山は手に入れたばかりのサングラスをかけていたものだから沖田や原田などはそれを見て楽しそうにしている。

斎藤が

「それはなんですかな?」
と尋ねるとわざわざ外して右の手にのせて斎藤に手渡すとかけてごらん、と言った。

「どうだい?太陽を見ても眩しくないフランスの眼鏡だ。」

と説明を聞くと普段はあまり感動をあらわにしない斎藤がしきりに頷いている。

沖田や斎藤たちがサングラスに夢中なのを楽しそうにみていた象山は歳三の方を向くとなにか珍しいものでも見たかの様に、ほう、と言った。

歳三が怪訝な目をして髭面を見ていると

「君がうわさの土方くんか・・・池田屋の指揮は見事だったね。」

「お恥ずかしいかぎりです」

と歳三も一応謙遜してみせる。

「近藤くんは途方もなく楽天的な方だが貴方はどうも違うようだね」

と言った。事実だ、と歳三も思った。近藤は楽天家なのだ。だが、そのおかげで人が寄ってくる。一種の才能だと歳三は思っていた。

やがてサングラスが象山の手に戻ったころ部屋に案内された。


やがて下女らしい者が西洋の湯呑みだというものに赤い茶をいれてもってきて


「英国の紅茶にございます。」

と言った。

歳三が口に含んで

「酸っぺえ」

と言おうとしたのと同時に

「お待たせいたしました。」

と象山が入ってきた。

構わず

「なんだこれ。」

「痛んでんじゃねえか。」
と藤堂が顔をしかめ永倉が喚いた。


「その茶も色は違うが日本の茶と材料は変わらないんだよ。」

それをみた象山が諭すように言う。

日本の茶をのんだイギリス人がそれを気に入り茶葉を船で運ばせた。当然それは輸送中に発酵した。しかたなくそれで茶を沸かすと案外旨かった、象山がそれを説明し

「そちらのお嬢さんは外国の料理が作れるそうだが。」

と言う

「何という料理かね?」

「コロッケというのを昔武家の方から・・・」

「ほお・・それはたしか肉を油で揚げるやつだったな。ところでコロッケというのを作れないかね?」

 さすがに象山もある程度知っていた。が食べたことはない。

「え?いまですか?」

「左様。難しいなら教養はせぬが・・」

「いえ私は構いませんが材料がなかなか手に入らないので・・・」

「そうか・・・材料がなければしかたないなあ。」
象山が残念な顔をして笑った。そして

 「また次来たときには頼むよ。」

と言った。



しばらく談笑した後、近藤一行は象山宅を後にした。

去り際、象山はふと気になったことを近くにいた歳三に尋ねた。

「土方君、きみは一体いつまで剣を振るい戦い続けるんつもりだ?」

すると歳三は愚問だ、とでも言うように笑い

「右手で剣を握れなければ左手で、左手がなくなれば口でくわえます。大刀が砕ければ小刀で、それも折れれば小柄で、この命途切れるその時まで・・・」

そこで一旦言葉を切り向こうで小夜と話す近藤に視線を向け

「近藤と新選組のために剣と命を燃やします。」

象山は西洋の連発砲を見た時より驚いた。

「行く手を遮るものは斬る・・・か。夢のために。」


すると歳三は笑みを絶やさず


「私は近藤を大名にする。これは私を含む江戸以来の友人・・・いや同志の夢なんです。」


まるで戦国時代さながらの野武士でも見たような気分になった。別に悪い印象を受けたのではない。


目の前で微笑むこの男に、また以前から何度か話した近藤勇に戦国以来長らく途絶えていた男気というか戦国武者の面影の様なものを感じたのである。


それを時代遅れと言うのかもしれない。野暮と言う者もあるだろう。しかし象山は違った。


 「私は砲術家としてもそこそこならした男だ。なにかあれば力になろう。」
象山は実は人を基本的に認めない癖があり人に嫌われるところがあった。その男が歳三を認めたのである。

歳三がそれを知っていたかはわからないが一瞬驚き、すぐに無愛想な顔で礼をしたのだ。

案外嬉しかったのだろう。だがこの男はそれを他人に悟られるのを嫌う。


それから軽く礼をして近藤たちのもとに戻っていた。




新選組が砲術の師範を置いたり、調練を行うのはもう少し先のことである。

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