[小説]鬼ノ棺
□京見物
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最初は隊に馴染めないかと心配された小夜だが素朴な者達の集まる新選組にすぐなれた。
台所の切り盛りをしていると自然と隊士とも親しくなる。
詳しいいきさつを知るのは幹部だけだが十五の娘が男所帯で働いているのをみると、隊士たちが妹や娘のように可愛がりたくなるのは当然であった。
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この日、小夜の部屋には沖田が来ていた。
隊士は時世の話しをしきりにしたがるのだが生憎沖田はそういうのが苦手だから小夜の部屋にきて楽しむ。
京見物の話をしていると小夜が実は京見物などしたことがないとわかった。
沖田がすぐさま
「じゃあ清水にでも行きますか。」
と言って土方に小夜を京見物に連れていく許可をとりに行った。
「ねえ、良いでしょう?」
「べつに悪かないが・・・。」
土方は池田屋以来会津の公用方をはじめとする各機関との交渉事が全てかたづき珍しく暇を持て余していた。
趣味の発句をしようにも小さな庭一つしかない屯所では題材もすでに尽きて息詰まっていたのである
(外に行けばなにか面白い物があるだろう。)
と思い
「俺も行く。」
と口にした。
「え?」
珍しい答えに沖田も多少驚く。が
「支度する、お前らも速くしな。」
と言われれば驚いたといえど、断ることでもないもないし
「はぁい。」
と返事だけ返して部屋をでた。
三人で屯所をでて、清水に向かった。三年坂を登ると立派な仁王門があり、そこからかの清水の舞台も望める。
「大きいですね・・・。」
と小夜が感嘆の声があがった。
三人は舞台に来ている。
遥か断崖の下は紅葉が連なる綺麗なところだ。
もっとも今は夏だから見えないが。
舞台を降りると有名な音羽の滝がちょろちょろ流れていて、その前には数軒の掛茶屋がある。案の定混んでいる。
「別をあたりますか・・・。」
とぼやいた沖田についていくと、路地裏の小汚い甘味屋に案内された。
「なんだ、このぼろ屋は・・・。」
と土方は不平をもらすが小夜の手前みっともないと思い椅子に腰掛けた。
外見とは逆に味はなかなか良く、土方の機嫌もおさまったが、沖田が度々外出しては甘味屋を巡り歩いていると知り
「そうやってお前は小娘みたいに甘いもん探してほっつき歩いていやがるのか・・・」
とからかい、小夜も思わず吹き出してしまうのであった。
しばらく茶をすすっていると珍しく小夜から二人に話しかけた。
「あの・・・土方さん、沖田さん・・・。」
ん?と二人が振り向く。
「今日は、ありがとうございます。」
それを聞くと普段仏頂面の土方までも笑顔になり
「気にするな、いつものうまい飯の礼さ。」
と言い茶をすすった。
沖田も
「そうそう、礼はこちらが言うべきなんですからね」
と団子を頬張りながら言った。
小夜は池田屋の時の二人の鬼神の如き闘いをみている。
前述した沖田の奮戦は無論、土方も群がる浪士を幾人か蹴散らしていた。
しかしいま目の前にいるのは鬼神どころか子供のような目をした大人二人である。
今の二人を京雀が執拗に恐れる新選組隊士とは思うのは難しかった。
京は日が暮れると急に寒くなるもので一行もそれから二刻ほど鴨川の辺をぶらぶらして引き上げた。帰り際、三条大橋の近くで鴨川の中に青鷺が一匹佇むのを見た土方は句の題材ができたと思い屯所に戻るとすぐに硯と句帳を取り出すのであった。
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その頃、動乱の都にまた一人、身を投じた男がいた。
熊本藩士、河上彦斎。
もとは茶坊主をしていたのだが、文久三年の熊本藩新兵選抜で藩の幹部に抜擢、帯刀を認められ、髪を総髪にした。
八月十八日の政変のあと七興落ちに同行。
やっと一息ついたところで同志、宮部鼎蔵の訃報を聞いた。
この男はその女性の様と言われた風貌に似合わずかなり血気盛んで、知らせを聞くや愛刀をとり
「おのれ新選組ッ」
と言い放ち、そのまま京に登った。
新選組が幕末史上最も冷酷と言われた[人斬り彦斎]の存在を探知したのはそれから一月後、元治元年七月十一日であった。