[小説]鬼ノ棺

□屯所にて
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戸の前に立ち

「土方だ、入っていいか?」
 と声をかけると

 「ええ」

返事が返っくる。

歳三はこの娘と一度じっくり話してみたいと思ってた。

彼女の言葉遣いは京言葉ではない。

(江戸の女だ。)

と知ると急に親しみを覚えた。

歳三はあまり思い出に感じ入る性格ではないが、京で江戸の人間に会わないから親しみを覚えるのは当然だろう。

戸を開けると折り紙をやっている。机の上に鶴やら兜やらがかざってある。

その手をとめ歳三を見る。

 歳三は彼女の前に座る。


「貴女の御両親はどうなさっているのです?」


「・・・コロリで亡くなりました。それで私は京に親戚を頼って来たのですが・・・」


「その親戚とは?」


「すでに家を引き払い行方もわかりませんでした。」


「それで池田屋で働いていたのだな。」


「はい。」


「苦労したのだな。」


と言うと少女のまだ子供らしさの残る顔に陰りが見えた。

歳三もそれに気づき


「いや失敬、こう言うのは苦手かね。」


「好きな人なんていないと思います。」


そう語気を強める姿が幼い沖田や姉であるのぶと重なりつい笑ってしまう。

彼女の顔に不審がうかぶ。


「似てるのさ。」


「・・・何にでしょう?」

「いや何でもない。」


もともと伝えるべきことの全てを伝えない妙な性格である。


言葉のなかに(察しろ)という含みがある。


無論歳三も斎藤、沖田、原田、永倉たちの様な、いわば察せる者を重宝し、よく使った。


「あんた、ここで働く気はないかね?」


「・・・え?」


唐突な問いに小夜も驚いた。


「なにも巡察に行けというんじゃない。女中としてここに住み込みで働いてくれればいい。」

 前述したが新選組は池田屋の後、急に巨大化した。

(いまは一人でも手伝いが欲しい。)

 そう考えていたところ池田屋で働いていた小夜を思い出した。

「・・・」

やはりいつもながら、歳三の目は有無を言わせぬ迫力がある。

 さすがに小夜もなんと強引な、と思いはしたが口にだせない。

 いささか職権濫用に見えなくもないが、この時代が時代。女である小夜に拒否権などないのだ。

 いまでは考えられないが、女に生まれれば結婚も家長の取り決めに従うのが当然だったのである。

「隊士に示しがつかんしな。」


さすがにこう言われると小夜も断れない。短い間とはいえ、新選組に世話になった身だ。

 歳三もそれをわかっていちいち言った。

「わかりました。よろしくお願いします。」


それを聞くと歳三は立ち上がり部屋を出ていった。

出ていきざまに言い忘れていたとでも言うように


「この件は幹部格に許可はとってあるから心配するなよ。お前のことは夕餉の時に広間で紹介しよう。」


と言った。

 小夜も

「はい。」

と答えた。


歳三が自室への道を歩いていると向こうから沖田と斎藤が歩いてくる。


「あれ?土方さん。珍しいですね。この時間はいつも部屋に引きこもっていらっしゃるのに。」


先に口を開いたのは沖田だった。


「小夜の部屋さ。」


と答えると、斎藤が


「我々もいまから彼女の部屋に行こうとしておったのですよ。」


よくみると沖田の両手には団子の包みが抱えられている。
沖田はそれを示しながら
「一緒にどうです?」

といったが

歳三は

「さっき出たばっかりの部屋に団子食いに戻れねえよ。」


と言い二人とわかれた。

口ではああ言ったが少し時間を空けてから

(ただの生意気なガキじゃあねえなあ。面白い。)

と思うと自然と笑みが浮かんだ。


−−−−−−−−−−−


夕餉の時間、小夜は土方に皆に紹介された。


いままで騒がしかった大広間が土方が


「諸君、聞いてくれ。」


と声をかけるだけで静まる。


(思っていたよりずいぶん偉い人なのかな・・・)


と小夜は土方を見上げる。


「さる事情により当方で女中をして頂くこととなった。」


池田屋で捕らえたと言わないのはおそらく小夜のためである。隊士の不審を防いだ。
それも小夜はわかった。

(存外親切な人かも知れない。)


と思い始めている。


歳三は一通り紹介が済むと台所に案内して仕事の要領を説明した。


「隊の倉にある食材や道具は自由に使ってくれ。・・・と米はこちらの玄米を使う。あの銀シャリは兵糧だから。」


(ずいぶん質素だな・・・)


ずいぶん金回りの良くなったになった新選組も食事は質素なものを続けている。


戦国武将の北条早雲も武士は食事を質素に努めよと言っていたそうで、近藤がこれに従った。

 土方も一通り言い終え

「質問はあるか?」

と聞いた。


「足りない分はどうすれば良いんでしょうか?」


「ああ、そいつは隊費からだすから勝手に仕入れてきてくれ。」


「わかりました。」


そう伝えると歳三は頷き

「何かあれば私や他の幹部に伝えるといい。」


と言った。夕餉の前に助勤を一通り紹介されていたから、小夜もだいたいはわかる。それに団子をくれた沖田や斎藤をはじめ、近藤達の江戸以来の同志には、荒くれ者の中に女一人を置くことを心配して度々彼女の部屋を訪れていた。


説明が終わると小夜は歳三に礼を言い部屋に戻った。

 部屋に帰り

(そういえば・・・)


と小夜は改めて考える。

(あの人とあんなに話したのは今日が始めてだった。)


思えば屯所でもめったに見かけない。


(とても忙しいのだろう。)


なのに今日はたかが女中一人のために副長自信が時間を割いてくれた。
だから

(せめて仕事はきちんとこなさなければ。)

そう思い目を閉じた。

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