[小説]鬼ノ棺
□池田屋[二]
1ページ/1ページ
池田屋に浪士たちが集まっていることを確かめた 近藤は念のため表口と裏口に隊士を3名ずつ配置した。
「総司と新八と平助は俺と来てくれ。」
いずれも試衛館以来の生え抜きである。
「援軍・・・来ないですね。」
沖田が小さな声で言う。
「俺たちだけで十分・・・な、近藤さん。」
永倉の問い掛けにたいし近藤は
「そうだな・・・みんなで、真の侍になろう。」
と微笑んだ。
「ここまでついて来たんだ・・・これからもついて行きます。」
平助の言葉で全て決まった。
「さあ、行こうか。」
近藤の手が木戸にかかり勢いよく開いた。
「御用改めである、主人はおられるか?」
最初は笑顔で出てきた主人も近藤たちの出で立ちを確認すると、とたんに緊張して、
「お二階の皆様、旅客改めでございます。」
と叫んだが、言葉が終わらぬうちに近藤に殴り倒され、昏倒した。
永倉と藤堂は二階から降りてきた浪士に対応するため階下に待機する。
近藤と沖田は浅葱色の羽織りをたなびかせ二階に駆け上がる。
土佐の北添佶摩が遅れてきた仲間だと思って顔を覗かせたが近藤が抜き打ちに斬りすて、血だるまで階段を転がり落ちた。
しばらく息があったが、やがて腹を斬った。
北添を斬った近藤と沖田はそのまま浪士の集まる部屋に踏み込むと、
「会津中城様御預、新選組である。手向かい致すものは容赦なく斬り捨てる。無礼すまいぞ。」
近藤の声に反応するように、浪士たちが行灯の火を吹き消し、一瞬にして室内は闇に染まった。
−−−−−−−−−−−
沖田と近藤は、壁を背に向け刀を構える。
後ろをとられないし、暗闇に紛れる効果もある。
沖田も近藤も浪士たちに囲まれる。
「エェェ−ッ、オォォ−ッ」
近藤の甲高い、裂帛した気合いが響く。
「さっすが近藤さん。」
沖田はそう言いながら、浪士を一人斬り伏せる。
続いて、右から大上段に振りかぶり斬りかかってきた男を突く。
突き技は隙の多い技だが、急所に入れば一撃必殺だから沖田は多用した。
特に天井の低い室内での乱戦では突きは役に立った。
下の階でもたちまち怒号と断末魔が響きはじめた。斬り合いが始まったのである。
「てめぇやりやがったな!」
「壬生の乞食浪士風情がっ」
一辺に二人かかってきたが沖田は一瞬にして二人の間をかけぬけた。
まさに目にも留まらぬ速さで胴を抜かれた二人は滑るように血溜まりに沈んだ。
一方、近藤は火の吹くような勢いで浪士の刀を叩き割ると袈裟に斬り下ろす。
あまりの勢いにその男の体は襖を突き破るほど吹き飛んだ。
その剛剣で一人、また一人と斬る。
「ッ・・・かなわねぇ。」
何名かは方々の体で逃げ出す。
不意に下の階から永倉の声が聞こえた。
「平助ェェェェッ!しっかりせえっ。」
「近藤さん、ここは私でなんとかなりますよ?」
という沖田の声を聞くと近藤は
「すまん。」
と一言詫び、窓から下に飛び降りた。
玄関から入ると先ほど転がっていた主人はおらずかわりに頭を斬られた平助が転がっていた。
「頑張れるか?」
と近藤が尋ねると力無く頷いた。が笑っている。
近藤も笑い返すと、中に駆けて行った。
その頃、歳三部隊は四国屋に突入する寸前で、屯所待機していた山崎から本命は池田屋との報告を受けた。
山崎は途中で浪士と交戦し太ももに傷を負っていた。
歳三は
「俺達も戦いのあるところに行こう。」
と原田に急かされ池田屋への道を急いだ。
二階に一人残った沖田は立ち位置を部屋の出入り口に変える。
完璧に人の流れを遮断すると殺気をはらんだ声で言った。
「まとめてかかっておいでなさい・・・。」
一斉に沖田めがけて攻撃を開始する浪士たち。
沖田の刀、大和守安定が閃めく。
あまりの速さについていける者はほとんどおらず皆、沖田の餌食となり血煙をあげ動かなくなる。
血飛沫は天井を朱に染め、ポツポツと雫をたらした。
そんな中でも長州の吉田稔麿は地獄絵図さながらの修羅場を沖田と数合斬り結んだ後、隙を作り抜け出した。
沖田との激闘で疲れきっていたのか、一階で重傷を負ってなお闘魂劣ろえぬ藤堂に腰を斬られたが、屈さず長州藩邸にたどりついた。
中に入れられると桂小五郎に面会を求めた。
二人は松下村塾以来の友人で親しい間柄だった。
急の知らせを受けた桂は、友人の無事を喜んだ。
しかし、援軍の要請については断固として首を縦にふらなかった。
「いま、援軍を差し向ければ、長州藩邸にいるものだけで会津や桑名と戦をせねばならなくなる。」
というのだ。
「それならば、仕方ないな。」
吉田は再び立ち上がると、槍の用意をたのんだ。無論、池田屋に戻るつもりだった。
桂は、
「やめたまえ、死に急ぐな、長州にはまだ君が必要なんだ。」
「・・・大丈夫さ、長州には君も、晋作も、久坂もいる。それに池田屋には助けを待つ友がいるのさ。」
と笑いかけた。
槍を借りると、桂に見送られ藩邸を出た。
吉田に続こうとする若者もいたが、桂が止めた。と桂の日記にはある。
吉田は再び池田屋に到着すると土間の藤堂を警戒し、裏口から侵入した。
3名の隊士が配置されていたが、一人を突き伏せると、一気に2階に駆け上がった。
奥座敷には、さっきと同様沖田がいた。返り血が彼の顔を鬼の様に変えていた。
時折、床に倒れている者のうめき声が聞こえた。
吉田は沖田に、槍を繰り出した。沖田はそれを避け、一刀で槍を真っ二つにした。
槍をあきらめ、大刀を抜くと、沖田の右小手めがけて、斬り付けた。
沖田はそれを素早くすりあげると吉田の肩から心臓までを斬りさげた。
先程までの無茶な闘いで、刀の鋩子が飛んでいたが、す−っと吸い付くように斬れた。
薄れ行く意識の中で吉田は
(後は頼んだぞ、桂君・・・。)
と言った。死に顔には笑みさえ浮かんでいた。