[小説]鬼ノ棺
□池田屋[一]
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朝から忙しく休む間のなかった斎藤と沖田は昼過ぎになってやっと休憩をとっていた。
沖田が運んできた茶を飲んでいる。
「まだ吐かないのでしょうか?」
桝屋の主の事である。本名を古高俊太郎と言った。
それ以外何も吐いていない。
「いま監察や左之があたっているらしい・・・いくら口の固い男でもじきに折れる」
という斎藤の予想を裏切る形で古高は口を割らない。
それを見兼ね
「君達のはただの百叩きにすぎん。あとは僕に任して下がっていたまえ」
と歳三が立ち上がったのが古高の不幸であった。
彼の拷問は尋常さを遥かに越えていた。足に五寸釘を刺し貫き、それに蝋燭を立て火を点す。さらに逆吊りにすることで傷口に熱い蝋が流れこむ。
それを平然とやってのける歳三を見て、最初は側にいた隊士も皆逃げた。
いい加減退屈になってきた頃、不意に古高の口が動いた。
歳三の口角が吊り上がりそれは冷たい微笑みとなった。
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[風の強い日を選び都に火を放ち、混乱に乗じて中川宮朝彦親王を幽閉し、一橋慶喜・松平容保らを暗殺し、さらに天朝様には長州に御動座頂く]
「・・・馬鹿な、ありえない」
自白の内容を聞いて近藤は呟いた。
山南も青ざめている。
正気の沙汰ではない。しかし内容が内容だけに新選組の隊士だけではとても手に負えない。しかも間の悪いことに山南をはじめとする数人が食中毒で戦える状況にない。
「すぐに守護職に知らせる、援兵を頼もう。」
そういって立ち上がると歳三は手の空いた隊士に黒染にある会津の本陣に行くよう指示をだした。
ここになって急に忙しくなった。さらに朝、桝屋から発見した武器を入れ封鎖しておいた蔵を破られ、武器が奪還された知らせが入ると、もはや一刻の猶予も無くなった。
敵は今夜にも動く。
しかし会津が動くことはなかった。歳三も山南も予想はしていたが、それにしてもはっきりした返事を寄越さないのは質が悪い。
もし、敵が長州人のみなら会津は動ける。しかし、企てには土佐や肥後の藩士も関わっている。
広間に助勤一同が集められた。
「敵は、池田屋・・・もしくは四国屋にいる・・・が」
困る山南に歳三はこう言う。
「・・・ただでさえ人手が足りねぇのに二手に分けるなんて出来ねえぞ」
沖田は
「それじゃあ少数精鋭部隊と残りの人とで分けてみませんか?見込みの多い四国屋に大勢で行って、どちらか違うほうがもう一方に加勢するってわけです。」
いままでだまってそれを聞いていた歳三と勇の頭に、一つの考えがひらめいた。
「皆の考えはわかった、もう少し会津様の援軍を待ち、来なければ我々で調査を開始しよう。」
と近藤が言い、会はお開きになった。
後に試衛館以来の同志が集まった。
近藤、土方、山南、沖田、斎藤、永倉、井上、原田、藤堂の九名である。
「今回のことは試衛館を・・・新選組の名を轟かせる良い機会だ」
皆が近藤の声に頷く。
続いて土方がそのために急ぎ整理した思案を伝える。
「・・・現場に一番に斬り込むのはいずれも俺たち九名の中・・・特に近藤さんが一番に斬り込めば・・・首領が前線で指揮をとることが重要だ・・・」
頷きながら藤堂がが
「たとえ誰かが死んでもその手柄をそっくりそのまま俺たちの中の誰かが受け継ぐ・・・面白い。」
「よし、やろう」
永倉に続き原田が
「いっちょ、やってやろうじゃねえか」
と笑った。
皆が部屋をでて戦支度にかかろうとした時歳三に沖田が言った。
「ねぇ土方さん・・・ヒグラシが鳴いてますよ。こんな日は何か起きそうですね。」
「起きるさ・・・現に今、お前以外のみんな大忙しだ。」
「歳よ・・・総司がいうのはそういうことじゃないぜ。」
近藤が話しに入ってくる。
「なにかよ・・・面白いことが起きるんだぜ。なにせ総司のそういった勘は確かだ。」
「気をつけなきゃならねえな。」
歳三がそう言うと総司は笑いながら去っていった。
あとに残った近藤と歳三の頭上からヒグラシの声が降り注いでいた。
この日は祇園祭の宵山で隊士はその人混みに紛れ、八坂神社の集会所に集合した。わさわざ人混みに紛れたのは浪士に新選組の動きを悟られないためであった。
日が暮れた後、会津、桑名藩の援軍を諦めた新選組は単独捜索に踏み切る。
近藤率いる沖田、永倉、藤堂、谷以下10名の部隊が木屋町付近を、歳三、斎藤、井上、原田率いる残りの24名の部隊(※諸説あり)が八坂神社から縄手通にかけて捜索した。
山南、山崎など6名は浪士の襲撃に備えて屯所守備部隊となった。
近藤たちが旅籠、池田屋の前に到着したのは亥の刻である。
※歳三の部隊は12名で松原忠治率いる12名の部隊が存在したとの説あり。