[小説]鬼ノ棺
□枡屋
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近藤はいらついている。京にきて半年以上、大きな手柄をたてるでもなく過ぎる日々に。
いくら会津の下で京の治安維持に努めようと、手柄をたてなければ一生浪人身分なのである。以前生まれのことで苦渋をなめた経験の多い近藤だからこその思いである。
歳三にしても多摩で近藤を大名にしてやると大見栄をきったからには必ずせねばと言う思いがある。やはり京に来たと言えど、考えは多摩のバラガキのまま、筋金入りの意地っ張りとでも言うべき歳三のままであった。
試衛館依頼の同志の中で、沖田のみ二人の考えを鋭く見抜いていた。
それを知った永倉新八は
「お前はなんで土方さんと近藤さんをそこまで理解してやがるんだい?」
と聞いた。
「う−ん・・、勘です・・・が、まあ強いて言うなら二人との付き合いは私が一番長いもんですからねぇ」
と言われては永倉も黙らざるをえない。相手が総司でなければ茶化すところだが、沖田の勘はある一定の方向以外にはすこぶる良い。
沖田の類い稀なる剣才もその辺りから来るはずだ。
そう言う永倉も、沖田と渡り合う数少ない剣客の一人で、永倉、沖田、歳三、そして後ほど登場する斎藤一といった者達が新選組を担う剣客だった。
永倉は思う。
(もう少しだけでも総司の勘が働いたなら・・・)
ある一定の方向のことである。
(・・・まあ、総司には女は早えか)
一人でそうくくると永倉はその場を後にした。
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斎藤一が通りをあるいていると、街角にポツンと物乞いが座り込んでいた。特に皆、何も気にせぬず物乞いの前を通るが斎藤の目的はその物乞いなのである。
斎藤は通行人を装いそれに近づく。
「難儀だな」
そう言って小銭を紙に包み椀に投げ入れる。
「御役目やさかいになぁ・・・」
そう答えたのは物乞いの男なのだが、実は彼は山崎丞、新選組の監察方の隊士である。
しばらく歩きくと、道を外れ懐に手をやった斎藤はいつのまにやら入れられた小紙に目を通す。
「マスヤ・・・枡屋喜衛門か」
そう呟くと紙を破りすて、進行方向を壬生へ向けるのだった。
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その晩、斎藤は土方の部屋にいた。歳三と斎藤の他に、近藤と山南、山崎がいる。
山崎は身なりを整え、先程の物乞いとはもはや別人といったところか。
斎藤と山崎の報告を聞き終えた歳三は
「そうか・・・やはり桝喜の野郎は長州と繋がりがある・・・か」
と呟く。
「歳・・・サンナンよ・・・桝屋をどうする」
「明朝・・・桝屋喜衛門を捕らえ屯所に連行しましょう」
山南が答えた。無頼のような者の多い新選組には珍しい学のある人間である。土方も頭の回転の速い男だがこういう所は山南に助言を請うことも多い。
また厳しい歳三を隊士は鬼副長と呼ぶが、穏和な山南はさしずめ仏副長といった所か。
「たくっ・・・最近の攘夷派はどうかしてるぜ、この前の放火も奴らなんだろ。」
近藤がまるで愚痴でも言うように溜息をつきながらいった。
「ふ〜ん、斎藤さんに山崎さん、そんな面白い仕事なら私も連れて行ってくださればよかったのに」
不意に声が響いた。斎藤はうんざりしたように
「・・・総司・・・」
と呼びかける。
「そうやって気配を消して来るのも、あまり良い趣味じゃないよ」
山南は口でこそ注意するが、良い歳をして子供っぽい沖田の悪戯を楽しむ風がある。
「そいつの捕縛には連れていってくださいね」
「ただでさえ人が足りねんだ、いつも以上に働いてもらわねえと困る」
まるで遊びについていくような言い方に苦笑しながら土方が言い返した。
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その後、歳三が沖田を含む四人の副長助勤を集め枡屋襲撃の旨を伝えた。
その内二人は沖田と斎藤、後の二人は最年長の幹部で井上源三郎、北辰一刀流から近藤の手直しを受けた藤堂平助といずれも近藤色の強い男たちである。
そうしているうちに6月4日の夜がふけた。