Nihilism

□モノクロストラテジー
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Chapter 1





 タイダール国は近隣諸国に比べると一回りも二回りも領土の小さな小国である。特に隣接するローレンス国がかなりの領土を誇る大国であることもあり、より一層小さく見える。しかし豊かな自然に恵まれていて、軍隊の戦力も周りに引けを取らない。小国ながらも国民の満足度は高い国だ。
 そのタイダール国の王都リアの中心部にある王宮の敷地内、白い軍服でひしめき合う兵士訓練所にはキンッキンッという金属音が絶えず響いていた。


「だから右脇ががら空きだって何度言えば分かる!」

「すみません!!!」


 会話しつつも動きを一切止めることなく、刃と刃が混じり合っては火花を散らす。
 片方は上級階級であることを示す特注の軍服を着る濃い藍色の髪をした青年。白い軍服と髪の色とのコントラストが彼の存在感をより一層強めている。どんなに大勢の群衆の中にいても、すぐに見つけ出せるほどの圧倒的な何かがある。
 対して、防戦一方のもう1人は量産型の一般的な軍服を着た下級兵だ。
 藍色の髪の青年、セオドリック・ジンデルは動きづらそうな軍服を着つつも、重さを感じさせない軽やかな動きで、まるで空気を吸うように剣を扱う。
 対戦相手がようやく一歩踏み込んできたのを軽く受け止め、横に薙ぎ払うことで数メートルほど吹っ飛ばした。


「一つひとつが軽いんだよ。ンなんじゃダメージを与えられないぜ?」

「……、は、はい、申し訳、ありません。鍛錬に、励みます」


 肩で息をする下級兵を横目に、セオドリックは息を一つ吐いた。まだまだ使い物にならねぇが……まあ、差し迫ったものもねぇし、今はいいけどな。と思いつつも自分の指導力不足なのか、と少しばかり思い悩む。
 その時。
 ガラッと訓練所の扉が音を立てて開いた。入ってきたのは、大元帥の身の回りの世話をする侍従の1人だった。彼は訓練所にいる人々の視線を物ともせずに、ぐるりと周囲を見回す。


「訓練中失礼いたします。セオドリック・ジンデル中将はおられますか?」

「ン?ああ、俺ならここにいるけど。何か用?」

「はい。大元帥がお呼びです」

「は?」


 セオドリックの脳内に、脱色した灰色の髪をした好々爺の姿が思い浮かぶ。既に御年90近い老人だというのに、現役を退く気配のないある意味化け物じみた人だ。セオドリックはその老人が少しばかり苦手だった。
 ああ、なんか嫌な予感するんだが……。そうは思っても、軍のトップに立つ老人の命令を無視するわけにはいかず。
 セオドリックは頭をガシガシと掻き、ため息を吐いた。


「分かった。すぐに向かう」

「はい、よろしくお願いします」


 伝令を伝えた侍従は深々とお辞儀をしてから訓練所に背を向けて去って行った。
 それを最後まで見送ることなく、セオドリックは部下たちに向き合う。


「―――というわけで、俺は抜ける。ノルマ終わらせた奴から解散しろ。アーノルド、後任せた」

「はい!お疲れ様でした!」


 訓練している兵たちの中で階級が高く、リーダー性を持ち合わせている部下の1人に後のことを全て任せると、セオドリックは剣を鞘に戻し、背を向けてひらひらと手を振りつつ訓練所を後にした。
 訓練所には「お疲れ様でした!」という声が幾重にも折り重なって響き渡る。


 セオドリックの背中が完全に見えなくなった頃、それまでセオドリックと打ち合っていた兵士、曹長の地位にいる者が「はあ……」とうっとりするようなため息を漏らした。


「やばい、ジンデル中将格好良すぎる……」

「………え、なに、お前、『マジ』なわけ?」


 近くにいた1人、准尉の地位を頂く者が恐る恐る聞き返すと、ため息を吐いた曹長は静かに目を閉じる。バックに華が咲いているような、ピンクのオーラを醸し出す彼にヒクッと口元が引きつるのを隠せなかった。


「マジっていうか、うん、………中将になら抱かれてもいいし、抱きたいとも思うかも」

「……、……」

「………なんだよ、そのありえないものを見るような目は」

「い、いや、そういうのは個人の自由だが……、その、自分の身近にいるとは思わなかったから、」

「ビックリしたって?何、そんくらいで驚いてたら心臓持たないよ?俺の他にも同じようなこと考えてる奴なんて五万といるだろうし」


 ほら、そこにも。と指を差され、その方向を見ると、何人かの兵士がうんうん、と頷いていた。


「え、……えええ!?マジかよ!?なに、そんなにいんの!?」

「そりゃあ、ジンデル中将だからね。あの細身なのにしっかりと筋肉付いてるところとか、尋常じゃない強さとか、綺麗に整った精悍な顔つき。なのに驕らず、分け隔てなく接してくれたり、困ってる人をみたら助けに行ったり。強くて優しくて格好良い……もう、うっとりするしかないだろ……。たまに可愛いところも見せるしさ。
 あの人への思いは『好き』だなんて簡単な言葉じゃ語りつくせないね。抱かれてもいい……いや、いっそもう抱いてくれっていう気分さ」


 べらべらと喋る同僚に、いつの間にか集まってきていた何人かがうんうんと再度頷き、さらにセオドリックを称賛する言葉が連なっていく。そこは一気にセオドリック・ジンデルを崇拝する場となっていた。
 ひくひく、と准尉の口元が引きつる。なんだ、これ。この世界が身近にあっただなんて……!全く無縁の世界が予想外にも身近にあったことにショックが大きい。


 そして収集がつかなくなるころ、スッとその場に現れたのはセオドリックに場の仕切りを任されたアーノルド中尉だ。彼も中将を崇拝してる一人なのか、と准尉がビクビクとした気持ちで見ると、予想外にもアーノルド中尉は落ち着いた雰囲気で静かに口を開いた。


「まあ、そういう下心を抜きにしても中将を慕う人はたくさんいますよ。少し行きすぎたのが恋に変わったりしますが、そういう人がいても周りは『まあ、仕方ないな』という目で見るくらいには、ね。
 ―――さて、駄弁るのはそこまでにして。訓練を再開しましょう」


 アーノルドはパンパンッと数回拍手をすることで、場の空気を整える。それまで喋っていた人や疲れて座り込んでいた人は、自分の訓練に戻って行った。
 今まで話していたのはただの世間話だったかのような、極自然な態度だ。その様子を見つつ、ああ、知らなかったのは俺だけか……と遠い目になった准尉は受けたショックを忘れようとするかのごとく、それまで以上に訓練に励んだのだった。






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