「では次の議題に入ります」 静かな空気が支配する室内に淡々とした声が響く。 「ウェイザー少将、報告をお願いします」 「ハッ」 名指しされた軍人は短く返事をすると立ちあがり、ゆるりと辺りを見回した後、一拍置いて口を開いた。 「数日前、我がタイダール国と隣国のローレンス国の国境にある貿易の街レグに駐在している兵から『盗賊に襲われている。至急応援をよこしてくれ』と救助を求める声が上がりました」 ザワッと室内の空気が揺れた。 レグは貿易で栄えている街で、規模はそれなりに大きい。他国との貿易の際に重要となる都市であり、特にローレンス国との和平の証でもある都市だ。そこが落とされるとなると、一気に近隣諸国との情勢が崩れることになる。 緊急を要する事態なのか。タイダール国を支える重臣たちが隣にいる人と口々に懸念の声を上げる。 それを抑えるように、ウェイザー少将がゴホンッと咳払いをした。 「みなさん落ち着いてください!まだ続きがあります」 「続きだと?早く言ってみせよ」 「はい。 それが、すぐに兵士を向かわせたのですが、レグに着いた兵士からの報告では『なんら異常はない』とのことなのです。市長も『救助を要請した覚えはない、誰かの悪戯ではないか』と言っています。しかし、その兵士たちの行方は分かっていません」 ざわざわと再び空気が揺れる。 ガタッと大きな音が鳴り、少将から少し離れたところにいるでっぷりとした重臣の一人が乱暴に立ちあがった。 「どういうことだ!お前は何が言いたい!もっと詳しく説明しろ!」 「そうだ。君の言い方では動揺を広げているだけだ。簡潔に結論を言いなさい」 周りにいる重臣が少将の意図が分からないことにイラつきを募らせ、キツイ語尾で少将を言及する。 周りから叱責を受けた少将は居心地悪そうに視線をうろうろとさせ、ゆっくりと口を開く。 「ええと、それがですね、盗賊が出たという知らせを受けて行ったけれど、街に被害は全くなく、けれど、その知らせを伝えた兵士たちの姿がどこにも見当たらないのです」 先ほどの落ち着いた様子は一切なく、おどおどとした態度でたどたどしく話す少将の言葉を聞いた重臣たちはなんと、と息を呑んだ。内容が内容なだけに、彼の態度を気にかけている余裕はない。 ざわざわ。ざわざわ。室内に動揺が走る。どういうことだ。やはり盗賊が出たのか。いや、それでは街に被害が出ているはずだ。悪戯か?悪戯にしては度が過ぎている。一度広がったざわめきは収束することを知らず、次々と疑問が上がっては消えていく。 そんな中、その中で一番高齢の老人は静かに目を閉じて微動だにせずに席に座っていた。 ふいに老人がゆっくりと瞼を持ち上げた。 「静粛に」 静かに言い放たれた声に、一同は水を打ったかのようにピタリと口を閉じた。しわがれた、あまり空間に反響をもたらさない声質だというのにも関わらず、どこか威厳があり、誰もが口を噤んでしまう影響力を持つ。 老人がふむ、と考え込むように顎に手を持っていく。再び降りる瞼。室内にいる誰もが、多くシワが刻まれた老人の顔をジッと見つめ、次の言葉を待つ。 「少将」 「は、はいっ!」 緊張で裏返った少将の声を気にせずに、老人は続ける。 「お主はその報告を聞いてどう思った」 「どう、とは……、」 「率直な感想で良い。本当に盗賊が出た、悪戯だった。何かしら思っただろう?そなたが直接兵士たちの声を聞いたのだ。そのときに感じたことを簡潔に述べよ」 「え、ええと、」 おどおどとした態度で視線をキョロキョロと彷徨わせ、ウェイザー少将は徐に口を開いた。 「何かがあったことは事実でしょう。行方知れずの兵士がいるのですから。けれど、その、盗賊とかは虚言かと……」 「………そうか。 確かに矛盾を含んでいる故、どれかは虚言だろうの。街が無事であるのなら、嘘は盗賊の可能性が高い」 自分の意見を肯定的に受け止められ、少将はホッと息をつき、ようやく席に腰を戻した。 「まあ、いずれにせよ、放っておくわけにもいくまい。誰かを派遣しなければいけないの」 「大元帥。それなら私に良い案があるのですが」 老人。軍のトップに座す大元帥の申してみよ、という無言の視線を受け、声を発したハリス大将が一つ頷いてからすくっと静かに立ちあがった。 「セオドリック・ジンデル中将とラウリード・オールディス中将のお二人を派遣してはどうでしょうか」 「なんと!中将といえど軍の中核を担うお二人を派遣すると申されるのか!」 「そんな虚言かもしれぬもの、下っ端に行かせればよいだろう!」 途端に飛ぶ叱責のような言葉を、ハリス大将は目を瞑って聞き流した。 しばらく各人の良いように言いたいことを言わせた後、期を見計らってドンッと机を叩いた。その音にハッと我にかえるように口を噤み、再び室内に沈黙が訪れる。 「もし万が一、盗賊が虚言でなければどうするのです。レグは我々タイダール国にとって重要な貿易拠点です。落とされるわけにはいかない。何があっても対処できる人選をするべきです」 「そ、それにしても、あの2人をやらなくても……、対処用に一隊を結成すれば良い話ではないか」 「いえ、戦力的なものもありますが、他にも理由はあるのです。今我が国の情勢はかなり安定しております。近隣諸国とも友好的な関係を築けている。この平和なときの間に、あの2人に休暇を取らせておくべきではありませんか?」 「休暇、だと?」 「ええ。あの2人はよく働いてくれている。なのにまともに休暇を取らせていないのは皆さんご存じでしょう?」 軍のスケジュールを決める人々が揃いも揃ってあからさまに視線を逸らした。それを追及するようにジロッと見た後、ハリス大将は大元帥に視線を戻した。 「大元帥。どうでしょうか」 「……………まあ、ハリス大将の言うことには一理ある。王に奏上してみよう」 大元帥の言葉を聞き、それまで不満そうにしていた数人はそれを上手く隠しつつ、ハリス大将を睨みつけた。自分の意見が通らないのは納得いかないが、それを口に出す勇気はない。大元帥の結論に反対するほどの度胸はないのである。 大元帥の決定は、この会議全体の意見だ。その後、大元帥が王に奏上し、王が承認すれば、それが最終的な決定となる。 室内に落ち着きが戻ったのを見計らい、進行役の中将が立ちあがる。 「では、今日の議題はこれで終わりです。解散してください」 僅かに手を揺らし、持っていたベルを揺らす。チリーンチリーンと可愛らしくも清浄なる音が室内に響いた。部屋の構造の所為か、それともベル自体が特殊なのか。妙な反響をもたらすそのベルの音色は、その後数回ほど小さい残響を響かせていた。 |