小説置き場

□Servant of Evil〜後編〜
1ページ/5ページ

「はぁ…はぁ…」

無人の街を金髪の少女が一人駈けていた。
マントを羽織り、召使の服を着た---リンだ。

「誰も…いない…?」

息切れして立ち止まって見回しても、街に人の気配はない。
振り返ると遠くに見える王宮。
あんなに騒がしかったのにここはとても静かだ。

「みんな…城に集まっているのね…」

危機を脱した安心感と疲れから、リンは建物の壁にもたれかかり、そのままへたりこんだ。

「…レン」

心残りは城に置いてきてしまった大事な双子の片割れ…。
オトリになるだけだと、時間を稼いだらすぐに逃げると言っていた弟。

「無事に…逃げられたかな…?」

今のリンにはただレンの無事を祈ることしかできなかった----



「ここまでのようだな、王女」

「報いを受けろ…!悪ノ娘!」

謁見の間で僕を--"悪ノ娘"を取り囲む民衆たち。
皆武器を手に血走った目でこちらを睨んでいる。

「ふん!報いですって?!」

僕はリンに--王女になりきらなければならない。
彼らの望む"悪ノ娘"を演じきってやる!

「なぜ私が報いなんて受けなければいけないのよ。
私はこの国の王よ!
この国で何をしようと、私の勝手じゃない!」

せせら笑う僕に民衆たちは激昂した。

「なんだと!てめえっ…!」
今にも殴りかかりそうな男を制したのは…

「リン王女」

僕もよく知る青い髪の青年---

「あら、これはこれはカイト様。
あなたまで私の敵に回るっていうの?」

僕の言葉にカイトは目を伏せた。
どうやら僕の正体には気づいていないらしい。

「なぜ…あのような事を…緑の国に…彼女になんの罪があったというんです…!」

…なぜ、だと…?
お前が…全ての元凶だというのに!
とたんに僕のなかにどす黒い感情が渦巻いてきた。

「"なぜ"?それをあなたが言うの?
他ならぬ、あなたのせいなのに!」

「!?」

顔色を変えるカイトに構わず、僕は続けた。

「あなたが最初に私の想いを踏み躙って---」

そうだ----

「自身の立場も忘れて、町娘にうつつを抜かしたりして!」

お前がリンを苦しめ、悲しませた----

「あなたが私の想いに応えていたなら…!」

お前がリンの想いに応えていたなら----

「私だって、あんなことしなかった!」

ミクだって死なずにすんだ---

「全部…!」

…今はリンのはずなのに、僕自身の思いが爆発している…!

「あなたのせいよ!」

お前のせいだ!

---その瞬間、左頬に衝撃が走った。

乾いた音。熱くなり痛む頬。よろけて座り込んだ僕は、ようやく殴られたことに気が付いた。
髪飾りが、床に落ちる。

僕を殴ったのは頭にバンダナを巻いた若い男だった。
「ふざけんな!全部てめえのせいに決まってんだろうが!」

怒り狂う男はすぐに仲間たちに取り押さえられる。

「おい!乱暴はよせ!」

羽交い締めにされながらも男は涙を流しながら続けた。

「---オレの親父はなぁ…!村のみんなのために危険を冒して、てめえの所に陳情に行ったんだ!
それをてめえは…話を聞いただけで、首をはねやがって!」

---ああ、そうか。

以前リンが謁見し、生活が苦しいので減税してほしいと訴えた男…。
そしてリンの機嫌を損ねたため処刑された男…。

あの時の----

「許せねぇよ…畜生…畜生…!」

男は暴れるのを止め、うつむいて嗚咽をもらす。

彼もまた大事な人を失ったのか…リンの行いで…。

「これで分かったでしょう?王女」

静まり返った謁見の間に響く、凛とした女の声。
リーダーとおぼしき、赤い鎧を着た女剣士だった。

「…何よ」

"王女"として彼女を睨み付ける。
女は全く怯まず、毅然とした態度で続けた。

「あなたのワガママで失われた命は多すぎる。
到底、許されることではないわ。
罰を---受けるべき」

…確かにその通りだ。
彼女は正しい。正しすぎる…。
そして彼女は告げた---

「明日の午後三時---
あなたを処刑する」

それは死刑宣告だった。

「もちろん国民のみんなの前でね。
それが、みんなのためになる---
誰か!王女を牢へ!」

「ああ!」

何人かの男たちが僕に駆け寄り、両腕を縛りあげる。そのまま引きずられるように連行された。

ああ--
これでいい----

リンが----
こんな目にあわなくて、良かった。



----静まり返った城の牢のひとつ。
そこに僕は押し込まれた。

格子のはまった窓から外を見ると、もう夜になっていて月が出ていた。

---明日の午後三時
僕の命は終わる。

なぜだろう。
不思議と、あまり怖くない----
思わず笑いが込み上げてきた。

「実感わいてないのかな…?」

リンは無事に逃げられただろうか?
僕が--王女がここにいる以上、見つかってないんだろうけど。

「ねぇ、リン。
本当に誰も気づかなかったよ。
僕らは本当にそっくりな双子だね」

リンはあまり城から出なかったため、民衆で王女の顔を知るものは少なかったが、親交のあったカイトまでばれなかったのは、正直驚いた。

このままだと、僕は間違いなく"悪ノ娘"として処刑されるだろう---

(必ず来てね!待ってるから!)

別れ際のリンの最後の言葉が脳裏によぎる。

リン---

ウソをついてごめん。
でも王女が処刑されない限り、どこまでも追われ続ける。

君を自由にするには---
これしかなかったんだ。

(--レン!今日は、これで勝負よ!)

(レン!このドレスかわいい?)

(こっちよ、レン!
私を捕まえて!)

次々と蘇る、リンとの思い出---

(ずっと一緒にいてね。レン)

---振り返れば
楽しかった
思い出ばかり----

怖くない理由が分かった
僕は"幸せ"だったんだ

たとえ明日死ぬとしても----

この思い出があれば笑って逝ける-----
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ