小説置き場
□Servant of Evil〜後編〜
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「はぁ…はぁ…」
無人の街を金髪の少女が一人駈けていた。
マントを羽織り、召使の服を着た---リンだ。
「誰も…いない…?」
息切れして立ち止まって見回しても、街に人の気配はない。
振り返ると遠くに見える王宮。
あんなに騒がしかったのにここはとても静かだ。
「みんな…城に集まっているのね…」
危機を脱した安心感と疲れから、リンは建物の壁にもたれかかり、そのままへたりこんだ。
「…レン」
心残りは城に置いてきてしまった大事な双子の片割れ…。
オトリになるだけだと、時間を稼いだらすぐに逃げると言っていた弟。
「無事に…逃げられたかな…?」
今のリンにはただレンの無事を祈ることしかできなかった----
「ここまでのようだな、王女」
「報いを受けろ…!悪ノ娘!」
謁見の間で僕を--"悪ノ娘"を取り囲む民衆たち。
皆武器を手に血走った目でこちらを睨んでいる。
「ふん!報いですって?!」
僕はリンに--王女になりきらなければならない。
彼らの望む"悪ノ娘"を演じきってやる!
「なぜ私が報いなんて受けなければいけないのよ。
私はこの国の王よ!
この国で何をしようと、私の勝手じゃない!」
せせら笑う僕に民衆たちは激昂した。
「なんだと!てめえっ…!」
今にも殴りかかりそうな男を制したのは…
「リン王女」
僕もよく知る青い髪の青年---
「あら、これはこれはカイト様。
あなたまで私の敵に回るっていうの?」
僕の言葉にカイトは目を伏せた。
どうやら僕の正体には気づいていないらしい。
「なぜ…あのような事を…緑の国に…彼女になんの罪があったというんです…!」
…なぜ、だと…?
お前が…全ての元凶だというのに!
とたんに僕のなかにどす黒い感情が渦巻いてきた。
「"なぜ"?それをあなたが言うの?
他ならぬ、あなたのせいなのに!」
「!?」
顔色を変えるカイトに構わず、僕は続けた。
「あなたが最初に私の想いを踏み躙って---」
そうだ----
「自身の立場も忘れて、町娘にうつつを抜かしたりして!」
お前がリンを苦しめ、悲しませた----
「あなたが私の想いに応えていたなら…!」
お前がリンの想いに応えていたなら----
「私だって、あんなことしなかった!」
ミクだって死なずにすんだ---
「全部…!」
…今はリンのはずなのに、僕自身の思いが爆発している…!
「あなたのせいよ!」
お前のせいだ!
---その瞬間、左頬に衝撃が走った。
乾いた音。熱くなり痛む頬。よろけて座り込んだ僕は、ようやく殴られたことに気が付いた。
髪飾りが、床に落ちる。
僕を殴ったのは頭にバンダナを巻いた若い男だった。
「ふざけんな!全部てめえのせいに決まってんだろうが!」
怒り狂う男はすぐに仲間たちに取り押さえられる。
「おい!乱暴はよせ!」
羽交い締めにされながらも男は涙を流しながら続けた。
「---オレの親父はなぁ…!村のみんなのために危険を冒して、てめえの所に陳情に行ったんだ!
それをてめえは…話を聞いただけで、首をはねやがって!」
---ああ、そうか。
以前リンが謁見し、生活が苦しいので減税してほしいと訴えた男…。
そしてリンの機嫌を損ねたため処刑された男…。
あの時の----
「許せねぇよ…畜生…畜生…!」
男は暴れるのを止め、うつむいて嗚咽をもらす。
彼もまた大事な人を失ったのか…リンの行いで…。
「これで分かったでしょう?王女」
静まり返った謁見の間に響く、凛とした女の声。
リーダーとおぼしき、赤い鎧を着た女剣士だった。
「…何よ」
"王女"として彼女を睨み付ける。
女は全く怯まず、毅然とした態度で続けた。
「あなたのワガママで失われた命は多すぎる。
到底、許されることではないわ。
罰を---受けるべき」
…確かにその通りだ。
彼女は正しい。正しすぎる…。
そして彼女は告げた---
「明日の午後三時---
あなたを処刑する」
それは死刑宣告だった。
「もちろん国民のみんなの前でね。
それが、みんなのためになる---
誰か!王女を牢へ!」
「ああ!」
何人かの男たちが僕に駆け寄り、両腕を縛りあげる。そのまま引きずられるように連行された。
ああ--
これでいい----
リンが----
こんな目にあわなくて、良かった。
----静まり返った城の牢のひとつ。
そこに僕は押し込まれた。
格子のはまった窓から外を見ると、もう夜になっていて月が出ていた。
---明日の午後三時
僕の命は終わる。
なぜだろう。
不思議と、あまり怖くない----
思わず笑いが込み上げてきた。
「実感わいてないのかな…?」
リンは無事に逃げられただろうか?
僕が--王女がここにいる以上、見つかってないんだろうけど。
「ねぇ、リン。
本当に誰も気づかなかったよ。
僕らは本当にそっくりな双子だね」
リンはあまり城から出なかったため、民衆で王女の顔を知るものは少なかったが、親交のあったカイトまでばれなかったのは、正直驚いた。
このままだと、僕は間違いなく"悪ノ娘"として処刑されるだろう---
(必ず来てね!待ってるから!)
別れ際のリンの最後の言葉が脳裏によぎる。
リン---
ウソをついてごめん。
でも王女が処刑されない限り、どこまでも追われ続ける。
君を自由にするには---
これしかなかったんだ。
(--レン!今日は、これで勝負よ!)
(レン!このドレスかわいい?)
(こっちよ、レン!
私を捕まえて!)
次々と蘇る、リンとの思い出---
(ずっと一緒にいてね。レン)
---振り返れば
楽しかった
思い出ばかり----
怖くない理由が分かった
僕は"幸せ"だったんだ
たとえ明日死ぬとしても----
この思い出があれば笑って逝ける-----