小説置き場
□Servant of Evil〜中編〜
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戦火が消え、焼け落ちた家々…だれもいなくなり、かつての美しさも消え失せた--緑の国
その街外れの深い森の中、一人の男が少女の亡骸を抱いて、嗚咽を漏らしていた…。
「うう…ミク…ミク!」
もう二度と動くことのなくなった緑の髪の少女の名を呼ぶ青い髪の男--青の国の王、カイトだった。
「どうして…こんな事に…!」
嘆き続ける彼に返事は返ってこない--はずだった。
「--"どうして"?教えてあげるわ」
「!?」
カイトの前に突如、マントを羽織った人物が現れる。若い女の声--
「原因はあなたよ。カイト王」
「…なぜ私を知っている…?!」
驚愕するカイトに女はフードをとりながら答えた。
「その娘から聞いていたからよ」
現わになる顔。短い髪に凛々しい顔立ち、赤い衣に赤い鎧をまとった女剣士だった。
「私はメイコ。ミクの友人で旅の剣士よ」
カイトから警戒心が消えた。彼女のことは、知っている。
「思い出したよ…ミクが時々話していた、用心棒をやっている女剣士…」
「ええ、旅をしながらね。
今回、旅先で緑の国の異変を聞いて駆けつけたけど…」
メイコの視線が物言わぬ屍となったミクに注がれる。
「…一歩、遅かったわ…」
「…ああ」
カイトは涙を拭い答えた。
「私も黄の国が緑の国へ侵攻したと聞いて、急いでミクを迎えに来たが…。
この森で見つけた時には、もう…」
ミクを見つけた時を思い出し、カイトは拳を握りしめた。
「…君は原因は私だと言った。それは…?」
「あなたが黄の国の王女の求婚を断ったからよ。
怒り狂った王女が兵士達に命令したのよ。
"緑の国を滅ぼし、緑の髪の娘はみんな殺してしまえ"とね」
「------っ!」
カイトは大きな衝撃を受けた。
「あの可愛らしいリン王女がそんな事を…?
信じられない…」
カイトの記憶の中では、リン王女は確かにわがままだが、年相応に無邪気で可憐な少女だ。
そんな彼女が、こんな惨状を引き起こしたというのが、カイトにはにわかに信じがたかった。
「リン王女は暴君"悪ノ娘"として有名よ。
おぼっちゃまのあなたは知らなかったみたいだけど」
メイコはそんなカイトの心情を知ってか知らずか、容赦なく言い捨てる。
しばし、両者の間に重たい空気が流れた。
沈黙を破ったのはメイコだった。
「--ミクを丁重に弔ってあげてちょうだい。
私にはやることがあるから」
メイコはマントを翻し、カイトに背を向ける。
「やること…?」
困惑するカイトにメイコは静かに語り出した。
「私はこれまで一人で生きてきた。強ければ他人なんかいらないって思ってたわ。…でも、ミクは特別だった。
あの娘と出会って、私は一人でいることのさみしさ、悲しみ…そして誰かといることの幸せを知ったの。
---その、あなたが殺されたのに…!」
メイコは腰に差した剣を抜き払い、地面に突き立てた。
「私が何もしないなんて…!そんなこと、あるはずがない…!」
それはこれまで冷静だったメイコの初めて感情を爆発させた瞬間だった。
いや、これまでこらえていただけかもしれない。
彼女にとっても、ミクはかけがえのない存在だったのだ。
そしてカイトは全てを悟った。
「---リン王女と、黄の国と戦うつもりか」
「…ええ、そうよ」
カイトの顔色が変わる。
「無謀だ!
黄の国は大国だぞ!君一人でなにが…」
「今なら」
カイトの言葉をさえぎり、冷静さを取り戻したメイコは淡々と続ける。
「今なら戦の直後で兵士達も弱ってる。
黄の国の民衆たちは、王女に対する不満が最高潮に達しているわ。
きっと力を貸してくれる。今が王女を倒す、最大の好機」
そしてカイトを一瞥し、
「…あなたの力を借りようとは思わない。
青の国には迷惑をかけない。無関係だしね。
じゃあ、さよなら」
冷たく言い放つと、森の奥へと去っていった。
一人残されたカイトはただその後ろ姿を見送るしかなかった。
自分は--どうするべきか…。
「…私は…」
応えは返ってこない。
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「緑の国の国王を捕らえました。
住民は半数以上が死亡し、制圧はほぼ完了したかと」
会議室にて大臣の一人が、議長席に座るリンに揚々と告げた。
僕はというと、リンの隣で立って控え、黙って聞いていた。
王女付きとはいえ、一召使の僕に発言権はない。
が、同室していることさえ、異例なことだ。
もちろんリンのわがままによるものだが。
「この先はいかがいたしましょう。王女殿下」
「…どうでもいいわ」
僕同様、大臣の発言を黙って聞いていたリンは、本当にどうでもよさそうに言った。
「…は?」
「だから、どうでもいいって言ったのよ」
絶句する大臣にリンはつまらなそうに続ける。
「制圧できたんでしょ?
これで緑の国はおしまい。
私の望みは叶ったから、後はあなた達の好きにしなさい」
それだけ言い放つとリンは席を立った。
「部屋に戻るわ。
行くわよ、レン」
「はっ」
一気に静まりかえる会議室。
リンに従い、僕も退室する。
扉を閉める直前、大臣たちのひそひそ話が聞こえた。
「…あれだけ兵を動員して、金を食い潰してどうでもいいとは…」
「所詮、小娘のワガママか」
「先代女王に比べ威厳も人望もない…。
政治のことなど分かるまいよ」
「まぁいい。
これで緑の国の広大な土地と豊富な資源は我々のものだ。せいぜい機嫌をとっておけばいい」
「どうせお飾りの王--"悪ノ娘"だ」
…好きに言うがいい。
お前たちにリンの気持ちが分かるものか。
リンに聞こえないよう、黙って扉を閉めた。
「リン、今日のおやつはガレットだよ」
「…うん」
リンの自室に戻った僕は、ちょうどおやつの時間だったので、用意していたガレットをテーブルに置く。
が、大好きなおやつの時間だというのにリンの表情は曇っていた。
「…浮かない顔だね。
どうしたの?君を苦しめていた原因はなくなったのに」
君の恋敵は僕が…殺したから。
たがもちろん、リンにはそのことは秘密にしている。件の"緑の髪の娘"は兵士たちに殺されたことになっていた。
もう何もリンが憂れうことなどない、笑ってほしい。それなのに…。
僕のそんな想いとは裏腹に、リンは悲しそうな顔で答えた。
「…そうね、でも…。
カイト様は…きっと私を嫌いになったわよね…」
「…かもしれないね」
黄の国が緑の国へ侵攻したことは他国に知れ渡っている。もちろん青の国にもだ。
カイト王がリンが自分の想い人を殺したと知ったら…。
「でしょう?これで私…。
本当にひとりぼっちに…」
リンの言葉が途中で途切れた。僕が後ろから抱きしめたからだ。
大好きなリン。
いとおしさがこみあげてくる。
「---それは違う。リン。
君には僕がいる。
ひとりぼっちなんかじゃないんだ」
ミクを殺したところで、カイトの気持ちがリンに向かないのは分かっていた。
それでも僕は、君の願いを叶えてあげったかった。
願いを言ってよ。リン。
どんなワガママでも僕が叶えてあげる。
君が…大好きだから。
「--そうね。そうだったわ」
振り返るリン。その顔にはいつもの笑顔。
やっと笑ってくれた。
「ずっと一緒にいてね。レン」
リンのお願い。必ず聞くよ。
「もちろんだよ。リン」
だけど、幸せなひとときはこの時を境に打ち砕かれた…。
バタバタと慌ただしい足音。
続いてドンドンと扉が叩かれた。
「殿下!王女殿下!」
家臣のひとりだ。
僕は急いでリンから離れる。
リンは不機嫌そうに、問いただした。
「何よ。騒がしいわね。何事?」
「たっ、大変です!」
--破滅の足音は
「国民たちが…暴動を!」
すぐそこまで迫っていた。