小説置き場
□Servant of Evil〜前編〜
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そうして現在−
僕は王女付きの召使としてリンに仕えている
「うん!おいしい!」
リンはマドレーヌを頬張りながら満面の笑みで言った
「このマドレーヌは最高よ!やっぱり新しいコックを雇って正解だったわ」
「それは良かった」
僕は紅茶をテーブルに置きながら答えた。
「でも、この前のブリオッシュも捨てがたかったわ。
明日はブリオッシュね」
リンの傍若無人ぶりは相変わらずだったが、僕と二人だけの時は、昔のように笑って姉弟として接してくれた。
僕はそれがなにより嬉しく幸せだった。
「ねぇ、レン」
リンの呼び掛けに我にかえった。
「え、なに?」
「もー。聞いてなかったわね!」
むーっと膨れるリン。どうしよう、すごくかわいい。
「ごめんごめん。ちょっと考え事しててさ。
それでどうしたの?」
リンはまだ膨れっ面だったが、すぐに笑顔になる。
「じゃ、最初から言うけど。私、緑の国へ行ってみたいの」
「・・・・・。」
また唐突な…リンはいつも思いつきで行動する。「お願い」はいつだってむちゃくちゃなものばかりだった。
隣国の緑の国は、この黄の国とは友好関係で比較的平和な国だが、仮にも黄の国の王女であるリンが、ほいほいと遊びに行っていいはずがない。
「リンの突拍子もないお願いはいつものことだけど、一応理由を聞かせてくれる?」
なんのかんの言っても、リンの「お願い」を叶えてきた僕はため息をつきながら言った。
リンは途端に目を輝かせる。
「カイト様よ!
カイト様もよくお忍びで緑の国へ出かけるらしいわ。
よっぽどお気に入りなのね。だから私も行ってみたいの!
もしかしたら、偶然会えるかもしれないわ」
「へぇ…そうなんだ」
以外な人物の名前が挙がり、歯切れの悪い返事をしてしまった。
−カイト
海の向こうの青の国の王
リンの想い人だ。
僕が城にいない間に親交があったらしい
召使になってからも、遠巻きであるが何度か見たことがある。
−リンがカイトに好意を持っているのは明らかだった。
リンがあの笑顔を僕以外の人にも向けるなんて−
「………。」
黙り込む僕に気付かず、リンは楽しげに自分の計画を話し続けた。
「それで何かプレゼントを買おうと思うの!
緑の国は宝飾品の生産が盛んだし」
「…そうだね。おそろいのペンダントなんかいいんじゃない?」
いつまでも黙っているわけにはいかないので、それっぽい相づちを返す。
「それいいわね!」
僕のアイデアが気に入ったらしく、リンは立ち上がった。
「さー!そうと決まれば早速準備よ!」
「ええ?!今から行くの?」
「善は急げよ!」
リンの行動力侮るべからず。本当に思い付くままに生きている。
(午後の公務は大臣に押しつける気だな…)
−やれやれ
まぁ、リンのワガママに振り回されるのは、いつものことなので構わない
少し複雑な気分だけど、僕はリンの幸せをなにより願っているから−
「わぁっ!」
美しい緑の国の街並みにリンは感嘆の声をあげた。
「ここが緑の国ね!キレイな街!」
「リン!」
はしゃぎまくるリンに僕はようやく追い付いた。
「一人でどんどん行かないでよ…急に走るし」
「レン!
レンも一緒だったの忘れてた☆」
「あのね…」
今僕たちはお忍びということで、シンプルで活動的な外出着に着替えていた。
が、リンのはいかにも上等な服で、はたから見たらどこぞのお嬢様とお付きの従者といったところだろう。
しかし、リンは黄の国の王女だ。はしゃぐのもいいが、もう少し周りに気を付けないと…。
「いくら緑の国が友好国だからって、護衛もつけずに一人でうろうろ…。
どんな危険があるか分からないよ?
もう少し自分の立場を自覚して…
−って!言ってるそばから!」
僕の説教をよそにリンはまた一人で駆け出してしまった。
ああもう!本当に自由だな。心配する僕の身にもなってよ…。
「全く…!」
あわてて追い掛けるが周りを見てないのは僕も一緒だった。
「きゃっ!」
「あっ?!」
走りだした瞬間、通りすがりの少女とぶつかってしまった。
少女が手にしていたカゴが地面に落ちる。
「ああっ、ゴメン…!」
僕は急いで屈んで、少女のカゴを拾った。
「いいのよ。私も不注意だったわ」
鈴を転がすような、可愛らしい綺麗な声−
そこで僕は少女を見上げた。
「大丈夫?」
少女は優しく手を差し伸べた。
少女を見た瞬間、僕の心臓は高鳴った。
美しい緑の髪と瞳−
この緑の国では国民のほとんどが緑の髪だが、彼女の髪は美しさは格別だった。なによりその優しげな笑顔−
僕はしばらく少女に見とれていた。
「どうしたの?」
ぼんやりとしている僕に少女は怪訝そうに聞いてきた。
「い、いや。なんでも…」
僕はあわてて、少女に拾ったカゴを渡す。
中身は色とりどりの花だった。
「…花売り娘なの?」
会話を続けたくて、そんなことを聞いてみる。
「うーん。これは副業かしら」
少女はカゴを受け取り、僕の問いかけに応じた。
「そこの宿屋でお世話になっているのだけど、中庭でお花を育てて、それを時々ね」
「へぇ…」
「あっ。そうだわっ!」
「?」
少女は何かを思いついたのか、カゴから小さなピンク色の花を取出し、僕のベストの胸ポケットに挿した。
「この花、お守りにもなるの。
ぶつかったおわびにあげる」
僕の心臓がまたどくん、と高鳴った。
「私、ミクっていうの」
少女−ミクは優しく微笑み名乗った。
「…僕は、レン」
僕も少し照れながら名乗りかえす。
「レンね!私もう行くけど、縁があったらまた会いましょう!」
ミクは笑顔で立ち去っていった。
僕はミクがくれたお守りの花にそっと触れる。
(…ミク)
心臓がドキドキする、彼女の笑顔を思い出すと、幸せな気持ちになる。
−リン以外にこんな気持ちになるなんて。
僕は彼女に"恋"をしてしまったのだろうか−−?
(あ…)
人ごみの向こう、大樹のそばでミクの後ろ姿を見つけた。
先にいた誰かのそばに駆け寄るミク。
(誰かと待ち合わせしてたのか…。
どこかで見たような…)
長身の青い髪の男…。
(−−!カイト!?)
僕たちのようにラフな格好をしていたが間違いない、カイト王だ。
(カイト様もよくお忍びで…)
リンの言葉を思い出す。
(まさか本当にでくわすとは…)
しかし−
一国の王がただの花売り娘と何を?
僕は物影に隠れ、二人を観察した。
花壇の縁に腰掛け、会話するカイトとミク。
遠すぎて会話は全く聞こえないがあれは−
−僕はそっとその場から立ち去った。
−なんとなく分かってしまった。
あの親密そうな雰囲気−
つまり二人はそういう関係なのだろう。
一瞬で恋に落ちて
一瞬で失恋か−
まったく馬鹿馬鹿しい−
「何が?」
「−って。うわっ!リン?!」
いつのまにかリンが背後にいた。
「さっきから呼んでるのにぃ」
リンはまた膨れっ面だ。
「ごめん…全然気付かなかった」
しかし、僕の様子がおかしいことを感じ取ったのか、心配そうな顔になる。
「…何かあったの?」
「−いや、何も」
僕は何事もなかったかのように答える。
今見たこと−リンには黙っておこう。
リンの悲しむ顔を見たくない。
「−そっ!それならいいわ。それよりこっち!」
リンは再び笑顔になると、市場に向かって駆け出した。
「とってもステキなペンダント見つけたのよ!!」
それに−カイトも一国の王だ。
ただの街娘に本気になることなんてないだろう。
「本当、キレイだね」
「でしょう!」
アクセサリーを売っている屋台で、二人一緒に宝石細工のペンダントを見た。
「じゃあこれをカイト様へのプレゼントにしましょう!
二つ買って−私とおそろいよ!」
「うん。きっとカイト様も喜ぶよ」
満面の笑顔を浮かべるリン。
なにも問題はない−
この時は−そう思っていた。
−けれど、なんだか嫌な予感がしていた。
そして、それは現実となる−