小説置き場

□Servant of Evil〜前編〜
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栄華を極める大国、黄の国−
その頂点に君臨するのは、まだ十四才の可憐な王女様

けれど王女様はとても傍若無人でわがままで民衆はとても苦しんでいました−


「その者を死刑にしなさい」
鈴のように可愛いらしく、けれども凛とした声が冷たく告げた。

「な…!」

言われた男は絶句し、青ざめる。
見るからに平民とおぼしき、さらにみすぼらしい格好の男は泣き出しそうな声で訴えた。

「王女殿下!私の訴えを聞いてくださるのではなかったのですか?!」

玉座に座る王女は笑いながら答える。

「ええ、"聞くだけ"ね。聞いた上で言っているのよ。
"明日食べるパンにも事欠いているので、減税してほしい"?

馬鹿馬鹿しい。下らないわ!パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃないの」

美しくも−

「こんな下らない事で、私の時間を浪費した罪は重いわよ?」

残酷で−

「さあ」

恐ろしい−

「ひざまづきなさい!」

悪ノ娘−


「王女様!お慈悲を…!
どうかお慈悲を!」

必死の懇願もむなしく、男は兵士たちに引きずられていった。
行き着く先は断頭台だ。

王女は不機嫌そうに呟く。

「ふん。最後までうるさい愚民ね」

その時、教会の鐘が三度鳴った。

「あら、おやつの時間だわ」
−そう君は王女

「リン様。おやつの用意なら整っております」

一気に王女の−リンの表情が明るくなる。

「レン」

−僕は召使

"運命分かつ哀れな双子"

そう。召使の僕−レンと王女のリンは双子の姉弟だった。


「聞きまして?また王女様が罪人を処刑なさったとか」

「今度は陳情に来た平民だそうよ」

「その前は口答えした政治家だったわね」

リンの自室へと戻る途中、大臣の夫人たちがひそひそと内緒話をしていた。
だが、この廊下は声が響く。離れていても丸聞こえだった。

「正に悪逆非道の暴君−"悪ノ娘"ね」

夫人たちはクスクスと笑いだす。おしゃべりに夢中でこちらには気付いてないらしい。
僕はリンの表情が暗くなったのを見逃さなかった。

コホン、と聞こえるように咳払いをする。
僕達に気付いた夫人たちは、さっと顔色を変えた。

僕はなるべく凄むように言ってやった。

「おしゃべりが過ぎますよ、淑女たち。
王女殿下は疲れておいでです。
少し静かにお願いします」
「しっ、失礼しました!」

夫人たちはあわてて立ち去ってゆく。
悪口を言いながらも、やはりリンが恐ろしいのだろう。機嫌を損ねれば、首を刎ねられてしまうと。

「…部屋に戻ろう、リン。
今日のおやつはマドレーヌだよ」

微笑んで手を差し伸べる僕に、リンも笑顔で返してくれた。

「うん!」

そうだ。この笑顔を守る為ならば−

僕は−悪にだってなってやる。


すべての始まりは十四年前−
教会の鐘に祝福されて、僕たちは生まれた。

が、跡継ぎとして期待していた大人たちは困惑した。
「双子だと!?」

「なんと不吉な…!」

「しかも王子と王女の双子だそうだ」

「後継者はどうする?!」

「この国は代々、女王制だ。王女だろう」

「ならば−王子はどうなる?」


「大臣たちが王子の処遇について騒いでおります。
これでは後継者争いになるのも時間の問題かと…」

当時の女王付き執務官はこう訴えた。

「いかがいたしましょう。女王陛下」

「………」


「はい!チェックメイト!」
僕はチェス盤からリンのキングを取った。

「あ〜!またリンの負け〜!」

「惜しかったね。次はなんのゲームする?」

リンはむぅっと頬をふくらませた。

「もういい!だって、レンには何やっても勝てないんだもん」

かわいらしい仕草に思わず笑ってしまう。

「あきらめちゃうんだ?リンはもっと負けず嫌いだと思ってたけどな」

僕がそう言うと、リンはますます頬をふくらませ、ポカポカと叩いてきた。

「そう言うなら一度は勝たせてよ!」

「いたっ!手加減したら怒るくせに〜」

こうしたじゃれあいはいつものことだ。
僕はこんなリンとの時間が好きだった。
きっとリンもそうだろう。
−それが唐突に終わりを告げるなんて、思ってもみなかった。

「リン様、レン様」

僕らを呼んだのはお母様付きの老執事だった。

「女王陛下がお呼びです」


そして連れてこられた、お母様の執務室で聞いたのは衝撃的な話だった。

「え…?」

言われた事が理解できす、僕らは同時に声をあげた。
かろうじてリンが言葉を返す。

「お母様…今、なんて…?」

「…もう一度言いましょう」

対してお母様は毅然とした態度で話を続けた。

「リンは私の後継者−次期女王として、城に残り教育を受けること。
レンは王族としての身分を捨て、私の従者の養子となり城の外で生きること。
−分かりましたね?」

…つまり、それは…リンと離ればなれになるということ?

先に反論したのはリンだった。

「そんなのっておかしいわ!どうしてレンが出ていかなくちゃいけないの!」

目に涙を浮かべ、訴えるリンに対して、お母様はあくまでも冷静だった。

「…この国の未来のためです。
レンがこのまま城に留まれば、反女王制の連中に利用されるでしょう。
この国の安寧のために、内輪での争いなど避けねばなりません」

「だからって…!」

「リン、お前は王族で私の後継者です。
わがままで国政を乱すなど許しませんよ」

ぴしゃりと言い切られて、なおもリンはお母様を睨み付けた。

お母様はそんなリンに、言い聞かせるように告げる。

「今は私がこの国の王−
王の命令は絶対です」

チリンとお母様が手元のベルを鳴らすと、数人の従者が入ってきた。

「失礼します。女王陛下」

「話は聞いていますね?」

「はっ」


そしてお母様は決定的な一言を告げた。

「レンを…連れていきなさい」

「………!」

従者の一人が僕を後ろから抱き抱えた。

「さぁ…レン様」

「いやだっ!リン!」

僕は必死に抵抗したが大人の力にかなうわけがない。

「やめて!レンを連れていかないで!」

リンも僕の腕を掴んで、必死に抵抗する。

「…リンを取り押さえなさい」

お母様の一言で、リンは別の従者に押さえ込まれた。

「いや!離して!」

「リン様…ここは聞き分けて下さい」

リンの手が…離れた。

「レン…待って…!」

部屋の外に連れていかれる直前、リンが泣きながらこちらに手を伸ばしているのが見えた。
僕も涙を流しながら、リンに手を伸ばした。

「リーン!」

「レーン!」

「今後、二人が会うことは許しません」

無情にも閉まる扉−。


こうして大人達の勝手な都合で、僕らの未来は二つに裂けた。

だけど僕はリンに会うことをあきらめなかった。
たとえもう王族でなくとも勉強して、力をつければ王宮に仕えることができる。
そう信じて−

数年後、お母様−女王陛下がお亡くなりになり、リンが次期女王として君臨した。

国民は先代女王のような善政を期待したが、リンは王位に就くやいなや、自分勝手な振る舞いで民を苦しめた。

"重税""粛正""悪逆非道"

聞こえてくる王女の悪評

"悪ノ娘"−

僕には分かる。彼女はあれからひとりぼっちで−
誰も信じられなくなっているのだと。

やはり彼女を一人にしておけない−

帰らなければ

リンの元へ−


「王女、新しい召使が来ました」

従者の報告に"悪ノ娘"はくすりと笑った。

「今度はどれくらいもつかしら?
前の召使はおやつを間違えたから首を斬ってやったけど」

コンコンというノックの音−

「失礼します」

「入れ!」

従者の声に僕は扉を開け、玉座の前にひざまづいた。
リンが驚愕に目を見開いているのが気配で分かった。

「"はじめまして"リン王女。僕の名前はレン」

「うそ…まさか…」

そして僕は顔をあげた。
その時のリンの表情を僕は一生忘れない−

「僕を貴女の召使にして下さい」

「ああ…!」

泣き出しそうな、とても嬉しそうなリン。

「おかえり…!」


たとえ世界の全てが君の敵になろうとも、僕が君を守るから−

君はそこで笑っていて−
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