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□僕らの世界はハッピーエンドになれるのかしら
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※年齢操作パラレルです











※バン君がブルーキャッツのマスター
※カズ君がタイニーオービット社の社員











静かなジャズが流れる店内には、珈琲の香りが漂っている。
閉店時刻間際だからか店に客らしい姿はほとんどみられず、唯一カウンター席に座るスーツ姿の男だけがカップを傾けていた。

「お待たせ」

男がカップに残った珈琲を喉に流し込むのを待っていたかのように、入り口のドアが開く。
入って来たこの店のマスターであろう男は、外にあった看板を店内へと引き込んでからカウンター周辺以外の照明を落とした。

「まだ閉店まで時間あるんじゃないのか」
「いいんだよ、今日は特別。せっかくカズが来てくれてるんだから」
「…相変わらずだな、バンは」

店のマスター…山野バンと、スーツ姿の男…青島カズヤは互いの顔を見合わせ、少年だったころのように笑いあった。



バンがこの珈琲ショップ、ブルーキャッツを引き継いでから数年が経っていた。
同時にカズがタイニーオービット社に入社してからも同様に時間が経過している。
最近では大きなプロジェクトを任されることも多くなったらしい。

「開発は進んでる?」
「ああ。もうすぐ試作機が出来るぜ。優秀なテストプレーヤーも居るしな」
「楽しみだなあ、新製品」

そう口にすると、昔のままだと笑われる。
バンは失礼だ、と呟きながらカップに珈琲を注いだ。

「バンの方は?経営、上手くいってるのか?」
「なんとかね。誰かさんがこうして暇を作って珈琲飲みに来てくれるし」
「それってどういう意味だよ」
「来てくれて嬉しいって意味だよ」

微笑みかけると、カズは照れ隠しか目を逸らしてカップを持ち上げる。
珈琲の表面にいくつも波紋が生まれた。

いつも通りの会話だ。
当たり障りのない話をして、しばらくすると時計を見たカズが会計を済ませて店を出て行く。
そしてしばらく会えなくなる。
そんな日常を繰り返してバンたちはここに立っている。

そんな日常に、バンは今日亀裂を入れた。


ソーサーの横に置かれたカズの手を取る。
歯でもぶつけたのか、カズが口をつけていたカップからカチンと音がした。

「……バン?」
「カズ、オレカズのこと好きだよ」

見開かれたカズの瞳が揺れた。
バンはカズの手を取ったまま、好きだよ、ともう一度呟くように口にする。


かつてここに立っていたあの人は、たった一言を躊躇ってしまった。
お互いを思っていたのに、その躊躇いからすれ違い、一巡してまたすれ違った。
そしてとうとう交わることなく終わってしまったのだ。

バンは彼の、彼らの後悔を引き取った。
ここからあの日の続きを始める。
彼らの有り得たかもしれない未来を始めるつもりでいる。

だから日常に亀裂を入れ、目の前の愛しい彼に伝えなければならない。
千の思いが詰まった一つの言葉を。


「愛してるんだ」







【僕らの世界はハッピーエンドになれるのかしら】



(手を取って)
(抱き寄せて)
(大人のキスはほろ苦い珈琲の味)





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