テニスの王子様 短

□些細な事をきっかけに生まれるらしい
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俺があの子と出会ったのは、何の変わりもない普通の日だった。


休日。友達と遊んだ帰り道、周りはもう薄暗い。
冬と春の変わり目で、まだ夜も肌寒い頃。
道路脇に一人で座り込む人を見つけた。
髪の長さとかからして、女の人。

こないな時間に何しとるんやろ

その時それだけ思って、素通りした。
でも、帰って夕飯を食べて、風呂に入り、外が真っ暗になる度にあの人の事が気になってきた。

ずっとあのままなのだろうか。
明日になってもあのままなら…。

一人の時間になると、思い浮かぶのはあの人のことばかりで。
そういえば、かなり小さかったな。
なんて、ふと思ってみると、心配でどうしようもなくなる。

俺は立ち上がった。ジャージを着て家を飛び出す。
確認や、確認やるだけ。
まやちょっと人がおるか、確認だけしよ。

その場所へは、割と早く着いた。
まだいる。一人で蹲って、微動だにしない。

もしかして:死んでる
某検索サイトに出てくる表示が脳内に浮かぶ。
その人に駆け寄って声をかける。
……反応はない。
肩を掴んで揺すってみる。

「……ん」

小さな声がして、その人はゆっくりと顔をあげた。
よかった、死んでるわけじゃなかった。
どっと緊張感が降りたせいで、その場に座り込んでしまった。
その人の顔を改めて見ると、掠り傷や打撲の痣がたくさんあった。
喧嘩?でもこんな小さな少女に出来るはずがない。
親の暴力?それで家を飛び出してきたのかもしれない。
それなら、行くあても無くてここでずっと座り込んでたのも納得が行く。
もし、そうなら、俺が今ここで帰ったらどうなるんだろう。
もう夜遅いし、変な人に絡まれてもおかしくないし。
…………仕方ないか。

「あ、…」

話をしようとその人の方を見ると、その人は目に大粒の涙をため、顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。
どうしたんだろう。何か悪いことでもしたかな。

右手を服の袖に押し込んで、その人の目元に当てる。
驚いたように小さく声を出したけど、その人は逃げなかった。
涙を拭っても、次から次へとまた流れてくる。

「こないな時間にどないしたん?」
「っ……わかりません」

その人は目を逸らしながら答えた。
言いにくい事やねんかな…。

「……帰り道、わかるか?
 家は、あるよな…?」
「…どっちも、わからないんです」

…え?…家があらへんかもしれへんの?
家出の可能性が高まることに不安を感じた。
あ、せや。

「俺は“忍足謙也”って言うんやけど。」
「!」
「それやったら、自分の名前はなんていうん?」
「森山、です」
「森山さん?」
「はい」

自分の名前を名乗った時に驚いた顔をしたのは少し引っかかるけど、とりあえず名前を聞くことができた。
これで少し距離を縮めることはできただろうか。

「……なんや、今日はおっそいねんし、うちに来るか?」
「え」
「俺の家。親おるし、安心やろ」
「……はい、でもっ」
「いーけーる、心配しなくてもご飯あるし、お風呂も入れるで」
「ちが、あ、……迷惑じゃない、ですか?」

なんや、そんなんを心配しとったのか。
俺は精一杯の笑顔で笑う。

「俺がやりたくてしとる、心配いらんで」

そう言うと、森山さんもにこりと綺麗に笑った。

その笑顔だろうか、それとも、夕方みかけた時からだろうか。
俺が彼女に恋をしたのも、きっとこの日だったと思う。








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