短編。
□あなたとわたし
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誰もいないはずの教室に、ひとりぽつんと窓側の席に座っていた。
窓から夕日が差し込み、橙色に染め上げられた放課後の教室はいつもと違う、異様な雰囲気を醸し出す。今は彼女がいる分だけなぜだか余計に。
彼女は無表情に黒板をまっすぐ見つめて、いやに背筋を伸ばして姿勢正しく座っている。まるでその空間を支配しているかのように。
竜ヶ峰帝人は彼女に声をかけるか、迷った。今の彼女に一切触れてはいけない気がした。
親友のつてで出会った彼女。親友と同じクラスで、中学時代もそうだったらしい。
―――今はもう、その親友はいないのだけれど。
「帝人くん?」
帝人に気づいた彼女がいつもの無表情でこちらを見る。
気付かれては、仕方ない。
帝人は彼女の無表情の中にある瞳が苦手だった。得体の知れない何かに捕まりそうで、蝕まれそうで。なにより、自身の奥底を知られそうで。なにもかも知っているようなその瞳が、苦手だった。
いつだって、自分のすべてを他人に知られるのは気持ち悪いものだ。
彼女が立ち上がってこない様子を見て帝人はふっ、と小さく静かに息をこぼし、彼女しかいない教室に足を踏み入れる。
―――ドアを横切った時のわずかな胸の痛みに帝人は気付かない振りをした。
「なにしてるの、佐原さん」
窓側の席に座っている佐原悠紀の近くまで歩み寄り、彼女の隣の席に座るとやがて帝人の様子を見ていた彼女は考えごと、とこたえた。
「なにもしないで色んなことを考えてたの」
へえ、と納得したように頷いてから帝人は少し思考を巡らし、たとえば、と問いかけた。
悠紀は困ったように苦笑して首をかしげる。
「うーん、たとえば、ねえ……」
目線を上げて彼女は考える仕草をする。そんなに考えることだろうか、と思いながらも帝人は彼女が言葉を発するのを待った。
「……帝人くんのこと、とか?」
「はあ?」
思わず素で返してしまった。それくらいに、彼女の言葉に驚いた。