曼珠沙華

□第弐章
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雲一つ無い蒼い空が広がる甲斐の地。
今日も今日とて、躑躅ヶ崎館では城主である武田信玄と真田幸村が殴り合いに勤しんでいた。

「ぅお館様ぁぁぁああ!」
「ぃ幸村ぁぁぁああ!」

だが、つい先日からこの殴り合いに変化があった。


「父上様、幸村」

ピタリ。と音が聞こえそうな程、菊の声に一瞬にして動きを止めた二人。
そんな二人に、傍で見守っていた佐助は苦笑した。

以前は菊の投げた薙刀によって漸く止まった殴り合いが、今では菊の声を聞くだけで止まる様になった。


「む、菊。其様な格好で…如何した?」

今回の殴り合いの被害はほとんど無いに等しい程度で終わりを迎えた。
余談だが、先日の一件で二人の殴り合いにより破壊された城の修理は二人が行っている。


振り上げていた拳を下ろし、菊の方へ顔を向けた信玄はその格好に首を傾げた。

自分とした約束の通り、城で生活する時は姫として幾重にも重ねられた上等な着物を着ていた菊。
それが今は、姫が着るには少し質素な淡い赤の着物を着ているだけだった。


「少し城下に下りて参りまする。何か入り用の物が在りましたら買うて来ますが、」
「何と!菊姫様御一人で城下へ?お館様の治める甲斐と謂えど御一人では危険で御座る!」

それに答える菊の言葉を途中で遮り、驚いた様に声を上げた幸村。
だが言い分は尤もで、信玄も「うむ…」と唸った。
 
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