曼珠沙華

□第壱章
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武田信玄。
『甲斐の虎』の異名をとる武田家の当主にして甲斐の国主。
そして菊の実父である。

「ふむ。戦場を駆ける武士の主も凛々しくて良いが父の身としては姫の主の方が好きだのう…」
「…また其の御話に御座りまするか?」


男しかいない軍の中で、一人異彩を放つ女武将。
父と同じ炎の婆裟羅者であり、女子とは思えない確かな実力を持つ猛者。

一国一城の主の娘、直に齢十八に為ろうとする姫君に、まだ生涯を共にする殿方は居なかった。


周りの人間は行き遅れだの跡継ぎをだのと言っているが、当の本人で在る菊は全く気にしてはいなかった。

というのも、昔父で在る信玄公がぽつりと漏らした言葉を聴いたからであった。


『のう菊、儂は幸村を、儂の跡目にと考えておるんじゃ』


幸村を跡目に。

菊も其れに、『幸村ならばきっと良い跡目に成りましょう』と是の意を返した。

此の発言の中に幸村と夫婦に成れと云う意が込められていたのを、菊は気付く事なく流してしまった。



「父上様、私は武田軍の武士に御座りまする」

甲斐の為、武田の為、父の為。
そして民の為に。


「私は女子としての幸せなど要りませぬ。武士として、父上様を御護りしとう御座りまする」
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